すべての花へそして君へ②

電化製品の取扱説明書


「どうぞ。上がって」

「うんっ。お邪魔しまーす」


 これは、熱海へ行く前の話。麦稈帽子を買いに行き、あおいが彼女になって、初めてオレの家へ遊びに来たときのこと。
 オレのおかげで素敵な帽子が選べたと。家に着いた今でもこいつは、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「今ってこの家はどうしてるの?」

「ん? オレが住んでる」

「ヒナタくん、実家帰ってないの?」

「帰ってる帰ってる。飯食って寝てるよ」

「……こっちでは?」

「知りたい?」

「……ちょっと怖いからやめとく」

「そんなことないのにー」


 ほんと、特には何もしてない。ただ、今までのオレの私物とか、カナタさんから送られてきた大量のアルバムとかデータとか。今までの思い出とか。何もせずにそのままにしておくのはなんか寂しくて。
 いつかこの家の何もかも全部は、売りに出されるんだろう。父さんは何も言ってないけど、一応実家に帰る支度をしたり掃除したりしてる。
 そんなことをしながら……いつかここに帰ってきた母さんに、おかえりって言いたくて。


「…………」

「……なに?」


 もの寂しさを感じていると、下から彼女がじっとこちらを見上げてきていた。


「ぼうっとしてたから、何考えてたのかなーって」


 そんなに長い時間、そうなっていたわけじゃないんだろう。でも、聡い彼女には何も言わなくてもきっと、そんな短い時間で何を考えていたのかなんてバレバレ――


「……はっ! もしかしてヒナタくん、あんまりオムライス好きじゃないんじゃ……」


 ……うん。全然バレてなかった。
 いっつも怖いくらいドンピシャでいろんなこと当ててくるのに。最近鈍ってんじゃないの? センサー。


「おお! またいつの間にかミズカさん野菜送ってきたんだね!」


 ……話、聞いちゃいねえし。
 今日はあおいが手料理を振る舞ってくれるとのことで、麦稈帽子の帰りにスーパーへ。買った材料でなんとなくはわかってたけど、どうやら今晩の献立はオムライスらしい。今日は飯いらないってツバサに言っとかないと。


(……でも、オムライスか……)


 別に嫌なわけじゃない。どっちかって言ったら好きな方。ただ、それを聞いて思い出すだけ。オレのフォルダの中にある“とある写真”を。
 今は厳重に保管して、いつか何かあったときのために大事にとってある。


「……じゃあさ、シントさんにさせたみたいに、できたらケチャップかけてね」


 それも是非、厳重に厳重に、ほかに流出することがないようにロックかけて保管しておこう。

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