すべての花へそして君へ②

「おれはね、“線”を引いてたんだよ。それはもういっぱい」


 君の中にはなくて、おれの中にはあったもの。
 それは、傷付きたくないって弱い心。失恋した時のための予防線。おれにはそれが、いっぱいあったんだ。


「だからおれは、彼女へ踏み込みに行くことができなかった。その代わり、つばさクンみたいにつらくない。苦しくない」


 でも、きっとおれなんかよりも多かったのは、あきクンやしんとサンだろうな。彼らの場合はちょっと理由が違うけど。引かざるを得なかったって、言った方がいいかな。
 だから今、おれはこうしていられる。それができるのは、おれの心が弱かったから。


「けど君は、なかった。少なかっただけなんだ」


 引いてなかった、だけなんだよ。彼女が、弟を選んでしまったときの、予防線を。
 だから、つばさクンは一番強いんだよ。


「……それは違うよ茜」


 けれど彼は、そんな言葉とふっと笑みをこぼしたかと思うと、ゆっくり目を閉じる。


「それはそれは、もう引きまくってたよ」


 と、一緒に呟いて。


「そうなんだ」

「そう。きっとあいつは日向を選ぶだろうって、どこかで思ってたから」

「じゃああれだね。つばさクンが気持ち悪いくらいに依存してるだけだね。あおいチャンに」

「俺、今日で気持ち悪いって言われるの二回目なんだけど」

「おお! おめでとう!」

「めでたくねえわひとつも」


 そんな冗談はひとまず、よっこらせと隅っこに置いておいて。


「ちょっとは元気になったかな?」

「……」

「なにが、超元気なんだろうねえ」

「……うるせ」

「悲鳴ばっかりあげてるくせにい」

「もういい加減やめてってば茜……」


 精神的ダメージが急所に当たったらしく、瀕死の状態で項垂れた。
 そんな彼にクスクスと笑いながら、おれはそっと、さっきの話に戻す。


「つばさクンは違ったかも知れないけど、おれはそうだったよ」


 いっぱいいっぱい、寧ろ繭みたいなものさえできるくらい。おれの心を守ってくれた線のおかげで今、おれは二人を心から応援してるし、幸せを願ってる。


「だから、つばさクンがそうじゃないのなら、苦しい理由は別にある」


 考えられることとすれば。最初に言ったけど、本当にあおいチャンが好きで好きでしょうがないから。だからやっぱりどうしても諦められない。それじゃなかったら、自分の中で納得できないところがあるから。『自分だったら……』って、思う部分があるから。


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