すべての花へそして君へ②
クマに隠れながら、本気で身を隠せる穴を探していると上からふっと小さく笑う音が聞こえた。その直後、ぽんっと頭に彼の大きな手が乗っかってくる。
(ぅえ? えーっと……)
そして、ぽんぽんと撫でてくれる手に、こっそりクマから彼を見上げようとすると、思ったよりも近い距離でバチッと目が合ってしまった。
けれどすぐ、彼はゆっくりと目を伏せながら、流れるようにくるりと後れ毛へ指を絡ませる。
「ねえ、あおい」
「……! は、はい」
くるくる、くるくると彼がするたび頬に当たる毛先がくすぐったくて。唇と一緒に目をぎゅっと閉じれば、「ねえ」と彼は、小さな声でもう一度、わたしを呼んだ。
「……今日、さ……」
彼にとっては、何気ない表情だったのかも知れない。けれど、どこか慈愛に満ちているようにも、心細そうにも見えたそれから、思わず目が離せなくなる。
「……今日、楽しかった、ですか」
けれど、数度の瞬きの間にそれは、照れくさそうなものへと変わっていた。……それがなんだか、おかしくて嬉しくて。
「この顔を見て君は楽しくなかったのかと思うのかい?」
「キスしたくてたまんないって顔だなーとは思う」
「なっ……!?」
決して間違いではないのが悔しい。
かああと上気したわたしの顔に、嬉しそうに笑う彼は「だから……」と、クマを持っているわたしの手首をやさしく掴んで。
「今はこれで我慢」
そんな耳元での囁きと一緒に、“代わり”をわたしの唇に寄せた。
「……ヒナタくん」
「ん? ……!!」
けど、やっぱりそれだけじゃ足りなくて。
「今は、これで我慢っ!」
へへっと、彼の頬に触れた唇でそんな言葉を紡いで。ついでにクマさんともブチュッとしちゃいなさいな!
「んんっ、ちょっ」
「ものすごーい楽しかったですっ」
マペットクマさんとともに敬礼! 素敵な体育祭とお祭りを、どうもありがとうございました! また文化祭で、たくさん写真選ばなくっちゃ。
「ではでは、みんなのところに行きましょうか」
そうやって、ひとり浮かれて、ひとりはしゃいでいたせい……だったのだろう。
「あおい」
「んー?」
救護テントに集合だったよねと。そう切り返して上機嫌で歩き出していたわたしに、振り返った彼がどんな表情をしているか……なんてこと、気付けるわけがなかった。
「……ひなた、くん?」
胸騒ぎがした。いや、胸騒ぎしかなかった。
「話があるんだけど」
彼の言葉の切り出し方に。彼の、真剣すぎる表情に。そして、形を変え始める唇に。……全身の血の気が、一気に下がる。