すべての花へそして君へ③
彼はただ、沈黙を守った。
薄っぺらい一枚を、剥いだ顔で。決して、視線を外さずに。
怒っているのか。恨んでいるのか。憎んでいるのか。
ただ一つ確かなことは、わたしの言葉が彼に、何かしらの意味を持ってきちんと届いていたということ。
……今は、それだけでも十分。
「あの時、自分で選んだじゃないですか」
「……あの時?」
「そう。これですよ、これ」
「それは……」
それは、いつかのキーホルダー。
手の平に乗るそれは、いつ見ても可愛らしいペンギンさんだ。
「あなたはこの、ただのキーホルダーをわたしにくれた」
「葵ちゃん、君は……」
「ね? だから、ある程度って言ったんですよ」
「……うん。そっか」
――“その可能性”があるのなら。
折角の機会を、わたしならこんなもののためには使わない。
他にもいくつかあったけれど、確実に一度。彼は絶好の機会を無駄にしている。
それが答えだ。
「……葵ちゃんは」
「……? はい」
「葵ちゃんは、……強いよね」
「え? いやあ、それほどでも」
「あとバカ」
「なっ、……否定できないのが悔しい」
「そういうのは、自惚れてるって言わない」
「ありゃ、そうでしたか?」
「うん。……だから、今度俺がちゃんとした日本語、教えてあげるね」
「おお! それはとっても嬉しいです。ありがとうございます」
両手を広げながらくるくるくる~っと大袈裟に喜んでみれば、彼はしょうがないなと呆れ顔で笑っていた。
上っ面じゃない、心の底の方で。
「じゃあ俺は、葵ちゃんの仕掛けた罠に、まんまと引っ掛かったってことか」
「やっと飛ぶ鳥を落とすことができました。バキューン」
「……やっと?」
「はい! 今のこと話してもまだ、シズルさんがちゃんと、わたしの目の前にいてくれているので」
いくつかの仕事を熟したこのタイミングで、言えてよかったのかもしれない。少なからず、こんな計画を企てたのが一人のバカな女子高生だとわかって、いい気分になるような人はいないだろうから。
それでもにっこりと笑っていると、まるで鏡を映したみたいに目の前の彼もまた、同じようににっこりと笑っていた。
「葵ちゃん語で言う、“自惚れんな”かな。見くびってもらっちゃ困る。信用してよ、俺のこと」
「それこそ見くびらないでください。信用してますよ? 初めて会ったときから」
「……嘘吐きは、また嘘を吐くよ。何度でも。それでも君は……」
「わたしも嘘吐きですよ?」
「…………」
「わからないなら、不安なら、何度だって言ってあげます。信じてます。だから、あなたもわたしのことを信じなさい」