すべての花へそして君へ③

「……いるじゃん。なんで無言」


 日向が扉を開けたそこでは、実の兄貴が一人、地べたに座ってぽかーんと口を開けながらこちらを見上げていた。


「しかもなんで女装? またそっちの道に走るの」

「いや、これはちょっと訳ありで」

「ふーん。まあいいけど」


 何故姉の部屋にいるのか。物音がしたからどうしたのかと思ったけれど、日向は兄の恰好を見て納得した。彼の使う化粧道具や女物の服は、今はハルナの部屋に片付けてあったからだ。


「……あ、もしかして母さんと買い物にでも行ったの? 見たことない靴あったし」

「まあそんなとこ。たまにはこっちの恰好するのもいいかなって」

「うん、相変わらずよく似合ってるよ」

「お前の眠り姫も、相当よく似合ってたぞ」

「血は争えないよね」

「全くだ」


 はあと二人、大きなため息をついた。


「……あれから葵とは」


 それから束の間の思案後、兄の翼が躊躇いがちに口を開く。


「会ってない。連絡もなし」

「……なあ日向」

「いいよ。言わなくたってわかってる」

「……今度、みんなで母さんの得意料理食べような」

「あ、聞いてたんだ」

「葵も入れて。きっと、楽しい食事になるよ」

「あいつがいたら、どこでだって楽しいに決まってるじゃん」

「はは。そりゃ違いねえ」


 それから何度か言葉を交わす間、その度に何かを言いたげに翼は口を開きかけるが……。


「じゃ、また学校で」

「おう、おやすみ」


 大したことではないのか、それが言葉になることはなかった。


「……どうかしたのか?」

「ん? どうやって吐かせようかなって」

「(こいつまだ諦めてねえ……)」

「(……ま、どうせあいつのことだろうし。また時間がある時にでも話聞いてもらおう)」


 寒空の下。柊家への道程でそう独り言を呟いた日向は、千風が内心ビクビクしているとは露知らず。母が新しく買ったと思っているブーツのセンスがイマイチだったので、今度は自分が選んであげようと思ったのだった。


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