これはたぶん、恋じゃない
第2話:「偶然の顔は、ちょっとずるい」
柱:土曜・昼下がり/駅近の大型書店
ト書き:静かなBGMが流れる広めの書店。休日の昼、客足もほどよく賑やか。葵は小さなトートバッグを肩に、文芸書の棚を眺めている。春らしい白のブラウスにデニムパンツ。いつもの大学姿より少しラフな装い。
モノローグ(葵)
(この間の授業で先生が言ってた、あの参考文献……載ってるって言ってたの、ここだよね)
ト書き:棚を覗き込みながら背伸びをする葵。その隣から、すっと誰かの手が伸びて、目当ての一冊を先に取ってしまう。
葵(セリフ)
「――あっ」
ト書き:振り返ったその瞬間、彼女の表情が固まる。
葵(モノローグ)
(……ウソ。なんで……)
相楽 湊(セリフ/ふっと微笑んで)
「……奇遇だな」
ト書き:シンプルな黒のロンTにグレージャケット。大学のスーツ姿とは違い、どこか柔らかく、私服の湊は“教師”というよりも“同年代の男性”に見える。
⸻
🔷柱:書店内・ベンチスペース
ト書き:ふたりが購入した本を持ったまま、休憩スペースにある小さなベンチに座っている。湊が缶コーヒーを、葵がペットボトルの紅茶を手にしている。
湊(セリフ)
「土曜でも、真面目だな」
葵(セリフ)
「先生が授業中に“読んでおくといい”って言ってたから……」
湊(セリフ/ふっと笑って)
「そう言ったの、忘れてた」
ト書き:自然と笑ってしまい、葵もつられて微笑む。けれど、すぐに視線を落とす。
葵(セリフ)
「……こんな場所で、会うとは思わなかったです」
湊(セリフ)
「それ、こっちのセリフ」
葵(モノローグ)
(なんで。なんで私、今“こんな私服で来ちゃったんだ”って思ってるの……)
(まるで、デートに来てたみたいじゃない)
⸻
柱:近くのカフェ・窓際の席
ト書き:思いがけず立ち寄ることになったカフェ。二人が向かい合って座る。ガラス越しには人々が行き交う土曜の街並み。
湊(セリフ)
「……付き合ってる人とか、いるの?」
葵(セリフ/一瞬固まる)
「い、いないです。……急にどうしたんですか?」
湊(セリフ)
「いや。……ごめん、“教授が学生にそんな質問していいのか”って、今思った」
葵(セリフ)
「……自覚あるなら、やめてくださいよ」
ト書き:葵が視線をそらしながら言うと、湊はどこか柔らかく笑う。いつもの教壇で見せる冷静さとは違っていた。
湊(セリフ)
「君、学生らしい反応するよな。そこが、いい」
葵(モノローグ)
(先生の顔じゃない。
合コンの時とも違う――
これは、何?)
⸻
柱:カフェ外・夕暮れの歩道
ト書き:店を出て並んで歩くふたり。夕日がビルの合間から差し込む。葵がうつむきがちに話す。
葵(セリフ)
「こうして普通に話してると……忘れそうになります」
湊(セリフ)
「何を?」
葵(セリフ)
「……あなたが“先生”だってこと」
湊(セリフ/足を止めて)
「俺も。忘れてるのかもな、君といる時」
葵(モノローグ)
(その言葉の意味なんて、ちゃんとわかってないくせに――)
(それでも、嬉しいって思ってしまった私は…)
⸻
柱:駅前・分かれ道
ト書き:信号を前にふたりが立ち止まる。帰る方向が分かれる。沈黙が少しだけ流れる。
湊(セリフ)
「……今日は、ありがとう」
葵(セリフ)
「こちらこそ……ありがとうございました」
湊(セリフ/少しだけ躊躇いながら)
「……連絡先、聞いたらマズい、か?」
葵(セリフ/驚いて)
「……っ、先生、それって……」
湊(セリフ)
「冗談。……“たぶん”」
ト書き:そう言って、彼は信号が青になると歩き出す。葵は取り残されたように、ひとり立ち尽くす。
モノローグ(葵)
(先生の“たぶん”は、いつもずるい)
(期待してしまうのは、わたしのせい?)
(それとも……)
柱:夕暮れ/駅前の路地・湊のあとを見送った直後
ト書き:湊が信号を渡って行ってしまったあと、葵は歩道に一人残っている。胸の奥が、まだ少し熱いまま。
モノローグ(葵)
(冗談――“たぶん”って、言ってたけど)
(もしあれが、本気だったらって、少しでも思った私は)
(やっぱり、バカみたいだ)
⸻
柱:日曜・昼/大学近くのカフェ(葵・陽菜)
ト書き:休日、女友達の陽菜とカフェでランチ。葵はストローでカフェラテをかき回しながら、湊との再会について話している。
陽菜(セリフ)
「で? 先生に“連絡先聞かれそうになったかも”って、それもうアウトでしょ!?」
葵(セリフ)
「“かも”ってだけだし……結局、聞かれなかったし……!」
陽菜(セリフ)
「いやそれ、“教授”じゃなかったら絶対聞いてるやつ! てか、“たぶん”って何? なんなん? ずるい男だなぁ」
葵(セリフ)
「わかってる……でも、なんか、あの人……」
陽菜(セリフ)
「“あの人”って呼び方がもう既に危ない。目、トロンってしてる」
葵(セリフ/即否定)
「してない!!」
⸻
柱:その夜/葵の部屋・ベッドの上
ト書き:ノートパソコンを開いているが、画面は開いたまま進まない。湊の横顔ばかりが浮かんで、指が止まる。
モノローグ(葵)
(このままだと……どうなるんだろう)
(講義を受けて、ちょっと話して、たまにどきどきして)
(でも、“学生と教授”って関係は、何も始まらない前に終わる)
(始まらなければ、終わりもしない。――だから、これは恋じゃない)
(……って、言い聞かせてるだけなのに)
⸻
柱:翌週・大学構内/昼の教室の隅
ト書き:次の講義の5分前。葵が教室で準備をしていると、後ろからそっと影が近づく。
湊(セリフ)
「……これ、返しとく」
ト書き:湊が手にしていたのは、葵が資料室で貸した蛍光ペン。ふたりの指がまた、ほんの一瞬だけ触れ合う。
葵(セリフ)
「あ……ありがとうございます」
湊(セリフ)
「……橘さん」
葵(セリフ)
「はい……?」
湊(セリフ)
「あの時、聞かなくて正解だったかもな。……“連絡先”」
葵(セリフ)
「……どうして、ですか?」
湊(セリフ)
「君とこうして、教室で向き合う今が、……悪くないと思えたから」
モノローグ(葵)
(――やっぱり、ずるい)
(でも、もう……そのずるささえ、少しだけ、嬉しいって思ってしまった)
柱:夜/湊のアパート・静かな書斎
ト書き:暗い部屋に、読書灯の灯りだけが差している。湊はシャツ姿のままデスクに座り、手元の本に目を落としている。開いたページの隣に、今日買ったばかりの“文芸評論”の本が伏せられている。
ト書き:ふと、机の上のスマートフォンを見やる。指が、アドレス帳に触れかけて止まる。そこには「橘 葵」という名前がまだ存在しない。
湊(セリフ・ひとりごと)
「……やっぱり連絡先、聞かなくて正解」
柱:週明けのキャンパス・朝の通学路
ト書き:葵がヘッドフォンを耳に、音楽を流しながら歩いている。目は伏せ気味。前を歩いていた学生が何かに気づいて立ち止まり、彼女も顔を上げる。視線の先に――湊の姿。
ト書き:湊は携帯で誰かと通話中。無表情に見える横顔だけど、時折ふっと口元が緩む。私服のまま、講義では見せない表情。葵は数歩後ろで、足を止めてその様子を見つめる。
モノローグ(葵)
(先生が、誰かと笑ってるの……なんか、変な感じ)
(少し、胸が――痛い)
⸻
柱:その後・同じ講義/教室内
ト書き:葵が教室の中ほどに座っている。湊は講義を淡々と進めているが、ふと目線が合う。
その瞬間、わずかに柔らかくなる湊の眼差しに、葵の心がふわりと揺れる。
モノローグ(葵)
(あの目で見られると……“特別じゃない”って、自分に言い聞かせられなくなる)
(こんな関係は、きっといつか終わるのに)
(それでも――)
(その目に、私は……映っていたいって思ってしまう)
⸻
柱:講義後/構内の渡り廊下
ト書き:授業を終えた葵が歩いていると、後ろから湊が足早に追いついてくる。周囲に人がいるのを気にして、声は低め。
湊(セリフ)
「……あの本、もう読んだ?」
葵(セリフ)
「まだ途中です。けっこう内容が濃くて」
湊(セリフ/うなずいて)
「君なら、最後まで読めると思う」
葵(セリフ/少し笑って)
「……またずるいこと言う」
湊(セリフ)
「君が言う“ずるい”って、褒め言葉に聞こえる」
葵(セリフ/頬を染めて)
「……聞こえません!」
モノローグ(葵)
(でも……そう思われても、いいかもしれないって)
(少しだけ、思ってしまった)
ト書き:静かなBGMが流れる広めの書店。休日の昼、客足もほどよく賑やか。葵は小さなトートバッグを肩に、文芸書の棚を眺めている。春らしい白のブラウスにデニムパンツ。いつもの大学姿より少しラフな装い。
モノローグ(葵)
(この間の授業で先生が言ってた、あの参考文献……載ってるって言ってたの、ここだよね)
ト書き:棚を覗き込みながら背伸びをする葵。その隣から、すっと誰かの手が伸びて、目当ての一冊を先に取ってしまう。
葵(セリフ)
「――あっ」
ト書き:振り返ったその瞬間、彼女の表情が固まる。
葵(モノローグ)
(……ウソ。なんで……)
相楽 湊(セリフ/ふっと微笑んで)
「……奇遇だな」
ト書き:シンプルな黒のロンTにグレージャケット。大学のスーツ姿とは違い、どこか柔らかく、私服の湊は“教師”というよりも“同年代の男性”に見える。
⸻
🔷柱:書店内・ベンチスペース
ト書き:ふたりが購入した本を持ったまま、休憩スペースにある小さなベンチに座っている。湊が缶コーヒーを、葵がペットボトルの紅茶を手にしている。
湊(セリフ)
「土曜でも、真面目だな」
葵(セリフ)
「先生が授業中に“読んでおくといい”って言ってたから……」
湊(セリフ/ふっと笑って)
「そう言ったの、忘れてた」
ト書き:自然と笑ってしまい、葵もつられて微笑む。けれど、すぐに視線を落とす。
葵(セリフ)
「……こんな場所で、会うとは思わなかったです」
湊(セリフ)
「それ、こっちのセリフ」
葵(モノローグ)
(なんで。なんで私、今“こんな私服で来ちゃったんだ”って思ってるの……)
(まるで、デートに来てたみたいじゃない)
⸻
柱:近くのカフェ・窓際の席
ト書き:思いがけず立ち寄ることになったカフェ。二人が向かい合って座る。ガラス越しには人々が行き交う土曜の街並み。
湊(セリフ)
「……付き合ってる人とか、いるの?」
葵(セリフ/一瞬固まる)
「い、いないです。……急にどうしたんですか?」
湊(セリフ)
「いや。……ごめん、“教授が学生にそんな質問していいのか”って、今思った」
葵(セリフ)
「……自覚あるなら、やめてくださいよ」
ト書き:葵が視線をそらしながら言うと、湊はどこか柔らかく笑う。いつもの教壇で見せる冷静さとは違っていた。
湊(セリフ)
「君、学生らしい反応するよな。そこが、いい」
葵(モノローグ)
(先生の顔じゃない。
合コンの時とも違う――
これは、何?)
⸻
柱:カフェ外・夕暮れの歩道
ト書き:店を出て並んで歩くふたり。夕日がビルの合間から差し込む。葵がうつむきがちに話す。
葵(セリフ)
「こうして普通に話してると……忘れそうになります」
湊(セリフ)
「何を?」
葵(セリフ)
「……あなたが“先生”だってこと」
湊(セリフ/足を止めて)
「俺も。忘れてるのかもな、君といる時」
葵(モノローグ)
(その言葉の意味なんて、ちゃんとわかってないくせに――)
(それでも、嬉しいって思ってしまった私は…)
⸻
柱:駅前・分かれ道
ト書き:信号を前にふたりが立ち止まる。帰る方向が分かれる。沈黙が少しだけ流れる。
湊(セリフ)
「……今日は、ありがとう」
葵(セリフ)
「こちらこそ……ありがとうございました」
湊(セリフ/少しだけ躊躇いながら)
「……連絡先、聞いたらマズい、か?」
葵(セリフ/驚いて)
「……っ、先生、それって……」
湊(セリフ)
「冗談。……“たぶん”」
ト書き:そう言って、彼は信号が青になると歩き出す。葵は取り残されたように、ひとり立ち尽くす。
モノローグ(葵)
(先生の“たぶん”は、いつもずるい)
(期待してしまうのは、わたしのせい?)
(それとも……)
柱:夕暮れ/駅前の路地・湊のあとを見送った直後
ト書き:湊が信号を渡って行ってしまったあと、葵は歩道に一人残っている。胸の奥が、まだ少し熱いまま。
モノローグ(葵)
(冗談――“たぶん”って、言ってたけど)
(もしあれが、本気だったらって、少しでも思った私は)
(やっぱり、バカみたいだ)
⸻
柱:日曜・昼/大学近くのカフェ(葵・陽菜)
ト書き:休日、女友達の陽菜とカフェでランチ。葵はストローでカフェラテをかき回しながら、湊との再会について話している。
陽菜(セリフ)
「で? 先生に“連絡先聞かれそうになったかも”って、それもうアウトでしょ!?」
葵(セリフ)
「“かも”ってだけだし……結局、聞かれなかったし……!」
陽菜(セリフ)
「いやそれ、“教授”じゃなかったら絶対聞いてるやつ! てか、“たぶん”って何? なんなん? ずるい男だなぁ」
葵(セリフ)
「わかってる……でも、なんか、あの人……」
陽菜(セリフ)
「“あの人”って呼び方がもう既に危ない。目、トロンってしてる」
葵(セリフ/即否定)
「してない!!」
⸻
柱:その夜/葵の部屋・ベッドの上
ト書き:ノートパソコンを開いているが、画面は開いたまま進まない。湊の横顔ばかりが浮かんで、指が止まる。
モノローグ(葵)
(このままだと……どうなるんだろう)
(講義を受けて、ちょっと話して、たまにどきどきして)
(でも、“学生と教授”って関係は、何も始まらない前に終わる)
(始まらなければ、終わりもしない。――だから、これは恋じゃない)
(……って、言い聞かせてるだけなのに)
⸻
柱:翌週・大学構内/昼の教室の隅
ト書き:次の講義の5分前。葵が教室で準備をしていると、後ろからそっと影が近づく。
湊(セリフ)
「……これ、返しとく」
ト書き:湊が手にしていたのは、葵が資料室で貸した蛍光ペン。ふたりの指がまた、ほんの一瞬だけ触れ合う。
葵(セリフ)
「あ……ありがとうございます」
湊(セリフ)
「……橘さん」
葵(セリフ)
「はい……?」
湊(セリフ)
「あの時、聞かなくて正解だったかもな。……“連絡先”」
葵(セリフ)
「……どうして、ですか?」
湊(セリフ)
「君とこうして、教室で向き合う今が、……悪くないと思えたから」
モノローグ(葵)
(――やっぱり、ずるい)
(でも、もう……そのずるささえ、少しだけ、嬉しいって思ってしまった)
柱:夜/湊のアパート・静かな書斎
ト書き:暗い部屋に、読書灯の灯りだけが差している。湊はシャツ姿のままデスクに座り、手元の本に目を落としている。開いたページの隣に、今日買ったばかりの“文芸評論”の本が伏せられている。
ト書き:ふと、机の上のスマートフォンを見やる。指が、アドレス帳に触れかけて止まる。そこには「橘 葵」という名前がまだ存在しない。
湊(セリフ・ひとりごと)
「……やっぱり連絡先、聞かなくて正解」
柱:週明けのキャンパス・朝の通学路
ト書き:葵がヘッドフォンを耳に、音楽を流しながら歩いている。目は伏せ気味。前を歩いていた学生が何かに気づいて立ち止まり、彼女も顔を上げる。視線の先に――湊の姿。
ト書き:湊は携帯で誰かと通話中。無表情に見える横顔だけど、時折ふっと口元が緩む。私服のまま、講義では見せない表情。葵は数歩後ろで、足を止めてその様子を見つめる。
モノローグ(葵)
(先生が、誰かと笑ってるの……なんか、変な感じ)
(少し、胸が――痛い)
⸻
柱:その後・同じ講義/教室内
ト書き:葵が教室の中ほどに座っている。湊は講義を淡々と進めているが、ふと目線が合う。
その瞬間、わずかに柔らかくなる湊の眼差しに、葵の心がふわりと揺れる。
モノローグ(葵)
(あの目で見られると……“特別じゃない”って、自分に言い聞かせられなくなる)
(こんな関係は、きっといつか終わるのに)
(それでも――)
(その目に、私は……映っていたいって思ってしまう)
⸻
柱:講義後/構内の渡り廊下
ト書き:授業を終えた葵が歩いていると、後ろから湊が足早に追いついてくる。周囲に人がいるのを気にして、声は低め。
湊(セリフ)
「……あの本、もう読んだ?」
葵(セリフ)
「まだ途中です。けっこう内容が濃くて」
湊(セリフ/うなずいて)
「君なら、最後まで読めると思う」
葵(セリフ/少し笑って)
「……またずるいこと言う」
湊(セリフ)
「君が言う“ずるい”って、褒め言葉に聞こえる」
葵(セリフ/頬を染めて)
「……聞こえません!」
モノローグ(葵)
(でも……そう思われても、いいかもしれないって)
(少しだけ、思ってしまった)