これはたぶん、恋じゃない

第3話:「好きじゃない、なんて言えない」

柱:日曜・午後/大学近くのカフェ

ト書き:あたたかな日差しが差し込む窓際の席。葵と親友・陽菜が並んでソファに座っている。2人の前には、紅茶とスコーンのセット。

陽菜(セリフ)
「で、結局どうなの? 湊くんのこと」

葵(セリフ/目をそらして)
「どうって……別に、何もないし……」

陽菜(セリフ)
「ふーん……じゃああのとき、“連絡先聞かれかけた”のはなんだったの?」

葵(セリフ)
「かけたっていうか、かけそうだったっていうか……。でも聞かれてないし」

陽菜(セリフ)
「で、もし聞かれてたら、どうしてた?」

葵(セリフ/手元の紅茶を見つめながら)
「……たぶん、教えてたと思う」

陽菜(セリフ/ニヤリ)
「ほーらね? やっぱり気になってんじゃん、湊くんのこと」

葵(セリフ)
「……あの人、“先生”なんだよ? ただの恋とかじゃ……」

陽菜(セリフ)
「“ただの”じゃないから、悩んでんでしょ?」

ト書き:葵が返事に詰まる。陽菜はいたずらっぽく笑って、ストローをくるくるかき回す。



柱:その時/カフェのドアが開く

ト書き:カラン、と鈴の音。2人が顔を上げると、そこに立っていたのは――相楽 湊。私服のグレーパーカーに黒のスラックス、落ち着いた雰囲気の装い。

葵(セリフ/小声)
「……っ!」

陽菜(セリフ/驚きながら)
「わ、タイミング……!」

ト書き:湊はふたりに気づくと、一瞬だけきょとんとしたあと、ゆっくりと近づいてくる。



柱:カフェ・ふたりのテーブル

ト書き:湊が軽く手を上げて、2人の席に立つ。ふだんより少し柔らかい表情。葵が動揺しながら姿勢を正す。

湊(セリフ)
「……なんの話ししてるの? 俺も混ぜて」

陽菜(セリフ/フフッと笑って)
「湊くん、今のはズルいタイミングすぎ」

湊(セリフ)
「いや、偶然だから。聞いてないよ。……たぶん」

葵(セリフ/ますます赤くなって)
「な、なにしに来たんですか……」

湊(セリフ)
「近くの本屋に寄っただけ。まさか陽菜さんがいるとは」

陽菜(セリフ)
「え、名前覚えててくれたんだ」

湊(セリフ)
「当たり前でしょ、後輩だし」

ト書き:湊がさりげなく、葵の紅茶が冷めてることに気づいてカップを指さす。

湊(セリフ)
「それ、頼み直したほうがいいかも。味変わってる」

葵(セリフ/少しだけ戸惑いながら)
「……はい。じゃあ、そうします」

陽菜(モノローグ)
(湊くん……やっぱり、ちょっと優しすぎる)
(あの顔で、さらっと葵にだけそういうこと言うの、ずるいんだよなぁ)



柱:カフェ・湊が離れた後

ト書き:湊がカウンターへ注文に向かったあと、陽菜がひそひそ声で葵にささやく。

陽菜(セリフ/小声)
「……さっきまで“先生”って言ってたのに、今はもう目が“恋する乙女”だったよ」

葵(セリフ)
「ちが……っ、違うもん……!」

陽菜(セリフ/くすっと笑って)
「ちがわないよ。ねえ、葵――
“好きになっても、いいんじゃない?”」

モノローグ(葵)
(“好きになっちゃいけない”と思ってたけど――
“好きになってもいい”って言われると、涙が出そうになった)

(だって、本当はもう……とっくに、落ちてるのかもしれないから)

柱:日曜・午後/カフェ・葵たちの席

ト書き:湊が3人分のドリンクを注文し直し、自分用のブラックコーヒーを片手に戻ってくる。葵と陽菜の前には、入れ替わったばかりの紅茶が湯気を立てている。

陽菜(セリフ)
「わあ、湊くん、まさか奢ってくれた?」

湊(セリフ)
「いや、ただの注文ついで。気にしないで」

葵(セリフ)
「……ありがとうございます。すみません」

湊(セリフ/軽く微笑んで)
「別に、見てたら冷めてたし。教師の性ってやつ」



柱:カフェ・ふたりとひとりのテンポ

ト書き:陽菜がさりげなくスマホを取り出し、通知を見て小さく声をあげる。

陽菜(セリフ)
「あ、ごめん、ちょっとトイレとついでに電話取ってくる!」

ト書き:そう言い残し、わざとらしく席を立つ。葵と湊が顔を見合わせ、視線がすぐに逸らされる。残されたふたりの空気がふっと静かになる。

湊(セリフ/カップを見つめながら)
「……さっきの会話、ほんとに聞いてないからね」

葵(セリフ/うつむきながら)
「……それが逆に、なんか恥ずかしいです」

湊(セリフ/首をかしげて)
「なんで?」

葵(セリフ)
「だって、何話してたんだろうって想像されたら……それはそれで、落ち着かないっていうか……」

湊(セリフ)
「じゃあ、教えてよ。……何を話してたの?」

葵(セリフ/顔を伏せる)
「……そんなの、言えるわけないです」



柱:視線の交錯・湊の気配

ト書き:湊は静かにコーヒーを飲む。ふと、葵の顔にかかる髪が風で揺れ、視界に入る。彼の手が一瞬だけ伸びかけて、すぐに止まる。

湊(セリフ)
「……髪、切った?」

葵(セリフ/びくりとする)
「えっ、あ、はい……昨日ちょっとだけ……」

湊(セリフ/目を伏せて)
「……似合ってる。こっちのほうが、好きかも」

葵(セリフ)
「……っ、先生、そういうの……」

湊(セリフ/静かに)
「“先生”じゃなくていい。……今は」



柱:その一言の余韻

ト書き:葵の心臓の鼓動が速くなるのが、目に見えるよう。カップを両手で持ったまま、指先がふるえている。

葵(セリフ/かすれた声で)
「……ずるいですよ、そういうの」

湊(セリフ)
「うん。たぶん、ずるい自覚はある」



柱:陽菜、戻る

ト書き:絶妙なタイミングで陽菜が戻ってくる。気まずそうなふたりの間に座りながら、まるで“何も知らない顔”でスコーンを割る。

陽菜(セリフ)
「ただいま~。……ん? なんか、ふたりとも赤くない?」

葵(セリフ)
「……な、なんでもないよ!」

湊(セリフ/笑って)
「……話、また混ぜてもらっていい?」



モノローグ(葵)
(きっと、また“たぶん”とか“偶然”とか、
そうやってごまかしてくるんだろうけど――)

(でも私、もう……この人がどんな言葉で近づいてきても)
(“拒めない”って、思ってる)

ト書き:陽菜が戻っても、さっきまでの空気は消えずに残っている。湊がコーヒーをゆっくり口に運び、葵はまだ紅茶に手をつけられずにいる。

陽菜(セリフ)
「ねえ湊くん。先生って、学生とプライベートで会っちゃダメなんでしょ?」

湊(セリフ/笑いながら)
「“会っちゃダメ”ってことはないけど……問題になるケースもある」

陽菜(セリフ)
「ふーん。じゃあこうして偶然会ったのはセーフってことか」

湊(セリフ)
「偶然なら、ね」

ト書き:葵がそのやりとりを聞きながら、指先でそっとカップの縁をなぞる。声を出さずに、息をのんでいる。



柱:少しの沈黙

ト書き:湊がふと、葵の様子に気づく。

湊(セリフ)
「……橘さん」

葵(セリフ/びくりとして顔を上げる)
「は、はいっ」

湊(セリフ)
「さっきから紅茶、冷めっぱなしだけど。……口に合わなかった?」

葵(セリフ)
「い、いえ! そんなことは……っ」

湊(セリフ)
「じゃあ何か考え事?」

葵(セリフ/視線を逸らして)
「……考えてません。なんにも」

湊(セリフ)
「ふうん。じゃあ、俺のこと?」

葵(セリフ/真っ赤になって)
「なっ……!?」

湊(セリフ/笑みを浮かべて)
「違った?」



柱:葵の混乱

ト書き:陽菜がふふっと笑いながら、スコーンにジャムを塗っている。

陽菜(セリフ)
「……あいかわらず、湊くんって時々悪い顔するよね」

湊(セリフ)
「そんなつもりないよ。……ただ、かわいいなって思っただけ」

葵(セリフ/小声)
「っ……言いすぎです……!」

湊(セリフ)
「じゃあ、取り消そうか?」

葵(セリフ/ぽつりと)
「……それはそれで……なんか、やだ……」



柱:湊の横顔/静かな笑み

ト書き:湊が、ふと窓の外に視線を向けながら、静かに微笑む。その横顔を見た葵の胸が、ふっと痛くなる。

葵(モノローグ)
(この人は、何を考えてるんだろう)
(笑ってる顔の奥に、本当はなにがあるんだろう)

葵(セリフ)
「……なんで、黙って笑うんですか」

湊(セリフ/顔を戻して)
「そう見えた?」

葵(セリフ)
「……なんか、ずるいって思って。わたしだけ、こんなに動揺してて……」

湊(セリフ)
「じゃあ――俺のこと、気にしてるってことでいい?」

葵(セリフ)
「……っ、それは……っ」



柱:陽菜、またしても空気を読む

陽菜(セリフ/席を立ちながら)
「ごめん、またトイレ行ってくる~。今度はほんとに」

ト書き:明らかに気を利かせたタイミング。残されるふたり。葵は目のやり場に困り、湊は少しだけ距離を縮めてくる。

湊(セリフ)
「さっき、“ずるい”って言ったよね」

葵(セリフ/うなずく)
「……言いました」

湊(セリフ)
「ずるくしてるつもり、なかったんだけど。……ただ、気になる子には、ちょっと構いたくなる性格なんだよね」

葵(セリフ/ぽつりと)
「……それ、やっぱりずるいです」

湊(セリフ/笑いながら)
「知ってる。……でも、やめる気はないよ」

柱:日曜・午後/大学近くのカフェ・窓際の席

ト書き:陽菜が再び席を立ち、残された葵と湊。日差しがだんだん傾き始め、カフェの窓から柔らかな光が差し込んでいる。

ト書き:湊はカップをくるりと回しながら、ちらりと葵を見る。その視線に、葵が敏感に気づく。

葵(セリフ/小声で)
「……そんなに、見ないでください」

湊(セリフ)
「見てた?」

葵(セリフ)
「ずっと……さっきから、見られてます」

湊(セリフ)
「そう? 君の顔が、変わっていくのが面白くて」

葵(セリフ/思わずうつむきながら)
「……それ、意地悪って言うんですよ」

湊(セリフ/静かに笑って)
「君が俺のこと、どんなふうに見てるのか気になってるだけ」



柱:ふたりきりの空気

ト書き:葵がカップを両手で抱えて黙る。湊は何も言わず、テーブルの向こうで腕を組むようにして身を乗り出す。

湊(セリフ)
「葵さんって、わかりやすいよね」

葵(セリフ/はっとして)
「……名前、呼び方……」

湊(セリフ)
「“先生”じゃなくていいって言ったでしょ。……嫌だった?」

葵(セリフ/小さく首を横に振る)
「……嫌じゃないです」

湊(セリフ)
「じゃあ、そのままで」

ト書き:湊の声が少しだけ低くて優しい。葵は視線を合わせられず、目線を紅茶に落とす。

葵(セリフ)
「でも……やっぱり変ですよ、私たち。先生と生徒なのに、こんなふうに話して」

湊(セリフ)
「じゃあ……どうしたら自然になる?」

葵(セリフ/困ったように)
「えっ……それは……」

湊(セリフ/冗談っぽく)
「恋人、とか?」

葵(セリフ/顔真っ赤で)
「っ、そ、そういうの、一番不自然です!!」

湊(セリフ/笑いを堪えながら)
「そっか。不自然か」



柱:ふと、距離が近づく瞬間

ト書き:葵が口をつぐんでうつむく。その手元に、湊の手がそっと伸びて、カップの下に敷かれていた紙ナプキンを直す。

葵(セリフ/びくっと)
「……っ!」

ト書き:手が触れそうな距離。湊がそのままの体勢で、低く静かに言葉を落とす。

湊(セリフ)
「……ほんとは、知ってるんじゃない? 俺が君に興味あるって」

葵(セリフ/顔を背ける)
「……っ、もう……ほんとに、ずるいです……」

湊(セリフ)
「たぶんね。俺、ずっと君の反応見て楽しんでる。……でも、それだけじゃないよ」

葵(セリフ)
「……え?」

湊(セリフ)
「“かわいいな”って思った時点で、もう気づいてた。……名前じゃなくて、“君”を見てたんだって」



柱:陽菜が戻る足音

ト書き:そのとき、カフェの奥から陽菜が戻ってくる足音が聞こえる。ふたりとも咄嗟に顔を戻し、距離をほんの少しだけ戻す。

陽菜(セリフ/明るく)
「おまたせ~! ん? 空気が……甘い?」

葵(セリフ/そっぽを向いて)
「な、なんでもないから!!」

湊(セリフ/笑って)
「たぶん、紅茶の香りのせいだよ」

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