野いちご源氏物語 二六 常夏(とこなつ)
<やはり噂は本当だったのか>
と、源氏の君は微笑んでおっしゃる。
「内大臣はお子が多いのに、忘れ去られたような子さえ探してお引き取りになるのだね。欲張りだな。こちらこそ子どもが少ないのだから、そういう子がいればぜひ引き取りたいと思っているけれど、我が家では名乗る甲斐もないと思われるのか、一向に誰も何も言ってこない。
あなたたちの父君は、若いころあちこち遊び歩いていらっしゃった方だから、きっとその姫君も内大臣のお子だと思いますよ。ただ、母親次第で出来は変わってくるだろうね」
若君はくわしい事情をご存じで、思わず笑いそうになられる。
ご子息たちは源氏の君の皮肉に居心地が悪くなっていらっしゃる。
源氏の君は若君にご冗談をおっしゃった。
「そなたはその姫君をいただいたらどうだ。幼いころから恋い慕っている姫君は、内大臣がお許しにならないのだろう。失恋の噂を立てられるくらいなら姉妹の姫君で満足しておきなさい」
源氏の君と内大臣様はお若いころから仲がよろしいけれど、やはり微妙な隙間はおありになる。
とくに近ごろの内大臣様は、雲居の雁の件で若君をつらいお立場に立たせていらっしゃるのだもの。
<この若者たちから私の話を聞いたら、内大臣は腹を立てるだろうな。よい気味だ>
と意地悪なことを思っていらっしゃる。
内大臣様がこれほど必死に女のお子を求めていらっしゃるということは、源氏の君にとって少し意外だった。
<玉葛の姫君の父親が自分だと知ったら、きっと大切になさるだろう。感情が振舞いに直結する方だから、良いと思えば立派な扱いをなさるし、悪いと思えば気の毒なほどひどい扱いをなさる。新しく引き取られた姫君は後者のようだが、玉葛の姫君は間違いなく前者で、将来を期待してお世話なさるだろう>
夕方になってやっと風も涼しくなった。
若者たちは帰りがたく思っている。
「ゆっくり涼んでおいきなさい。だんだん私もこういう若者の輪にはいづらい年齢になった」
そうおっしゃると、同じ御殿の玉葛の姫君のお部屋へ向かわれる。
若君たちもお見送りでお供をなさる。
夕暮れ時の人の見分けがつきにくいころで、しかもどなたも似たようなお着物をお召しなの。
源氏の君は姫君のお部屋に入ってささやかれる。
「外が見えるところまでそっと出てごらんなさい。内大臣のお子たちが来ていますよ。あなたの弟君です。中将は真面目だから、あの人たちが自分を訪ねて遊びにきてもこちらの方には案内していないでしょう。いつも気になっていたと思いますよ。
深窓の姫君というのは、どんな家の娘であっても若い男たちの憧れです。ましてこの家は、あなたはどう思っておられるか分からないけれど、世間からの評価は高い。それでも今までは恋の対象にできる姫君がいらっしゃらなかった。あなたが来てくださったおかげで、恋に胸を焦がす若者たちを見比べて楽しむことができるようになったのです。すばらしい退屈しのぎだ」
建物の近くには撫子だけが植えられている。
すっきりしていて、咲き乱れた姿が夕日に映える。
お客様たちはお庭を歩きながら、御殿の奥深くにいらっしゃるであろう姫君を気になさっているの。
「教養のある人たちですよ。人柄もそれぞれ立派です。今日は来ていないが、内大臣のご長男はさらに落ち着いていて品格がある。一度お手紙が届いていましたね。その後も送ってきていますか。そっけなくなさってはいけませんよ」
若君はこういう優れた若者たちのなかに混ざっても、特別に上品でお美しい。
「我が子ながら立派に育ったと思っているのですが、内大臣は中将を嫌っておられてね。姫君とのご結婚をお許しにならない。皇族から外れた私の子ではつまらないとお思いなのだろうか」
源氏の君はつい玉葛の姫君に内大臣様の愚痴をおっしゃるの。
「娘のお相手が皇族の男性ならば、親は喜び勇んで婿に迎えるものだと思っておりました」
「いや、何もそこまでたいそうな扱いをしてほしいわけではないのですよ。ただ、幼い者同士が将来を約束しあっていたというのに、それを無理やり引き離してしまわれるのは残酷でしょう。まだ身分が低すぎるというのなら、さりげなくそう言ってくだされば、こちらでどうとでもするのだけれど」
<あぁ、源氏の君と父君はそういう仲でいらっしゃるのか。これではいつになったら、父君に私のことを知っていただけるだろう>
姫君はがっかりなさる。
と、源氏の君は微笑んでおっしゃる。
「内大臣はお子が多いのに、忘れ去られたような子さえ探してお引き取りになるのだね。欲張りだな。こちらこそ子どもが少ないのだから、そういう子がいればぜひ引き取りたいと思っているけれど、我が家では名乗る甲斐もないと思われるのか、一向に誰も何も言ってこない。
あなたたちの父君は、若いころあちこち遊び歩いていらっしゃった方だから、きっとその姫君も内大臣のお子だと思いますよ。ただ、母親次第で出来は変わってくるだろうね」
若君はくわしい事情をご存じで、思わず笑いそうになられる。
ご子息たちは源氏の君の皮肉に居心地が悪くなっていらっしゃる。
源氏の君は若君にご冗談をおっしゃった。
「そなたはその姫君をいただいたらどうだ。幼いころから恋い慕っている姫君は、内大臣がお許しにならないのだろう。失恋の噂を立てられるくらいなら姉妹の姫君で満足しておきなさい」
源氏の君と内大臣様はお若いころから仲がよろしいけれど、やはり微妙な隙間はおありになる。
とくに近ごろの内大臣様は、雲居の雁の件で若君をつらいお立場に立たせていらっしゃるのだもの。
<この若者たちから私の話を聞いたら、内大臣は腹を立てるだろうな。よい気味だ>
と意地悪なことを思っていらっしゃる。
内大臣様がこれほど必死に女のお子を求めていらっしゃるということは、源氏の君にとって少し意外だった。
<玉葛の姫君の父親が自分だと知ったら、きっと大切になさるだろう。感情が振舞いに直結する方だから、良いと思えば立派な扱いをなさるし、悪いと思えば気の毒なほどひどい扱いをなさる。新しく引き取られた姫君は後者のようだが、玉葛の姫君は間違いなく前者で、将来を期待してお世話なさるだろう>
夕方になってやっと風も涼しくなった。
若者たちは帰りがたく思っている。
「ゆっくり涼んでおいきなさい。だんだん私もこういう若者の輪にはいづらい年齢になった」
そうおっしゃると、同じ御殿の玉葛の姫君のお部屋へ向かわれる。
若君たちもお見送りでお供をなさる。
夕暮れ時の人の見分けがつきにくいころで、しかもどなたも似たようなお着物をお召しなの。
源氏の君は姫君のお部屋に入ってささやかれる。
「外が見えるところまでそっと出てごらんなさい。内大臣のお子たちが来ていますよ。あなたの弟君です。中将は真面目だから、あの人たちが自分を訪ねて遊びにきてもこちらの方には案内していないでしょう。いつも気になっていたと思いますよ。
深窓の姫君というのは、どんな家の娘であっても若い男たちの憧れです。ましてこの家は、あなたはどう思っておられるか分からないけれど、世間からの評価は高い。それでも今までは恋の対象にできる姫君がいらっしゃらなかった。あなたが来てくださったおかげで、恋に胸を焦がす若者たちを見比べて楽しむことができるようになったのです。すばらしい退屈しのぎだ」
建物の近くには撫子だけが植えられている。
すっきりしていて、咲き乱れた姿が夕日に映える。
お客様たちはお庭を歩きながら、御殿の奥深くにいらっしゃるであろう姫君を気になさっているの。
「教養のある人たちですよ。人柄もそれぞれ立派です。今日は来ていないが、内大臣のご長男はさらに落ち着いていて品格がある。一度お手紙が届いていましたね。その後も送ってきていますか。そっけなくなさってはいけませんよ」
若君はこういう優れた若者たちのなかに混ざっても、特別に上品でお美しい。
「我が子ながら立派に育ったと思っているのですが、内大臣は中将を嫌っておられてね。姫君とのご結婚をお許しにならない。皇族から外れた私の子ではつまらないとお思いなのだろうか」
源氏の君はつい玉葛の姫君に内大臣様の愚痴をおっしゃるの。
「娘のお相手が皇族の男性ならば、親は喜び勇んで婿に迎えるものだと思っておりました」
「いや、何もそこまでたいそうな扱いをしてほしいわけではないのですよ。ただ、幼い者同士が将来を約束しあっていたというのに、それを無理やり引き離してしまわれるのは残酷でしょう。まだ身分が低すぎるというのなら、さりげなくそう言ってくだされば、こちらでどうとでもするのだけれど」
<あぁ、源氏の君と父君はそういう仲でいらっしゃるのか。これではいつになったら、父君に私のことを知っていただけるだろう>
姫君はがっかりなさる。