野いちご源氏物語 二六 常夏(とこなつ)
源氏の君は夜になっても玉葛の姫君のお部屋にいらっしゃる。
新月のころなので月明かりがなく、軒先から灯りがつるしてあった。
「近いところで火が焚かれているのは暑苦しい。こういうときは庭で焚いた方がよいだろう」
と源氏の君はおっしゃって、建物の近くでお焚かせになる。
よさそうな和琴がお部屋にあるのを引き寄せて、少しお弾きになった。
ご想像以上によい音色なの。
「音楽はお好きではないのだろうと思っていました。和琴は現代的な音色ですね。秋の月夜に、縁側あたりで虫の音に合わせて弾くと映えるでしょう。かしこまった楽器ではないものの、どんな曲でも弾けてしまうのが便利です。国産の楽器だから、中国で作られた筝や琴より劣るような気がしてしまうけれど、いろいろな工夫がしてあるのでしょうね。女性にはむしろこちらの方が扱いやすいかもしれない。
せっかく立派な楽器をお持ちなのだから、他の楽器と合奏して練習なさるとよい。奥深い技があるわけではないけれど、本当に弾きこなそうとすると難しい楽器ですよ。今の名人は内大臣でしょうね。何気なくお弾きになっても、音が重なって立ち上がるように響くのです」
姫君は六条の院にお移りになってから、楽器の練習を本格的に始められたの。
まさに<上達したい>と願っていたときだから、源氏の君のお話に興味を持たれる。
「こちらで音楽会が催されたときに、父君の和琴の音色をお聞かせいただけるでしょうか。田舎の人たちでもよく習う楽器でしたから、初心者向けで簡単なのだろうと思っておりました。やはりお上手な方が演奏するとまったく違うのでございましょうね」
聞いてみたくてうずうずしていらっしゃるのが伝わってくる。
「東琴とも呼ばれますから田舎くさい楽器のように思う人もいるでしょうが、内裏の音楽会でも最初に和琴が運び入れられるのですよ。そのくらい尊重されているわけです。父君のような名人から教えていただけるとよいですね。この屋敷で演奏される機会はあるだろうが、技は出し惜しみなさるでしょう。名人とはそういうものです。しかしあなたは実の娘なのだから、いつかきっと聞かせていただけますよ」
源氏の君はまた少しお弾きになる。
現代風で美しい音色なの。
<父君はこれ以上によい音色をお出しになるのか>
姫君はますます父君に会いたくなってしまわれる。
いつになるのか、そもそもそんな日が来るのかも頼りないのだけれど。
「さぁ、弾いてごらんなさい。恥ずかしがっていては上達しません。図々しく合奏をお願いするくらいがちょうどよい」
源氏の君は熱心にお勧めなさるけれど、姫君は恥ずかしがっていらっしゃる。
九州で、「皇族の末裔」と自称する老女に習っていらっしゃっただけだもの。
間違っているところもあるだろうと思うと、源氏の君の御前でなんてお弾きになれない。
<もう少し弾いていただきたい。聞いて学べることもあるはず>
姫君は思わず源氏の君に近づかれる。
「どうしたらこんなにすばらしい音色になるのでしょうか」
と首をかしげていらっしゃるお姿が、庭の灯りに照らされてお美しい。
「こういうときだけ素直に近づいていらっしゃるのですね」
源氏の君は笑っておっしゃると、和琴を遠ざけてしまわれる。
新月のころなので月明かりがなく、軒先から灯りがつるしてあった。
「近いところで火が焚かれているのは暑苦しい。こういうときは庭で焚いた方がよいだろう」
と源氏の君はおっしゃって、建物の近くでお焚かせになる。
よさそうな和琴がお部屋にあるのを引き寄せて、少しお弾きになった。
ご想像以上によい音色なの。
「音楽はお好きではないのだろうと思っていました。和琴は現代的な音色ですね。秋の月夜に、縁側あたりで虫の音に合わせて弾くと映えるでしょう。かしこまった楽器ではないものの、どんな曲でも弾けてしまうのが便利です。国産の楽器だから、中国で作られた筝や琴より劣るような気がしてしまうけれど、いろいろな工夫がしてあるのでしょうね。女性にはむしろこちらの方が扱いやすいかもしれない。
せっかく立派な楽器をお持ちなのだから、他の楽器と合奏して練習なさるとよい。奥深い技があるわけではないけれど、本当に弾きこなそうとすると難しい楽器ですよ。今の名人は内大臣でしょうね。何気なくお弾きになっても、音が重なって立ち上がるように響くのです」
姫君は六条の院にお移りになってから、楽器の練習を本格的に始められたの。
まさに<上達したい>と願っていたときだから、源氏の君のお話に興味を持たれる。
「こちらで音楽会が催されたときに、父君の和琴の音色をお聞かせいただけるでしょうか。田舎の人たちでもよく習う楽器でしたから、初心者向けで簡単なのだろうと思っておりました。やはりお上手な方が演奏するとまったく違うのでございましょうね」
聞いてみたくてうずうずしていらっしゃるのが伝わってくる。
「東琴とも呼ばれますから田舎くさい楽器のように思う人もいるでしょうが、内裏の音楽会でも最初に和琴が運び入れられるのですよ。そのくらい尊重されているわけです。父君のような名人から教えていただけるとよいですね。この屋敷で演奏される機会はあるだろうが、技は出し惜しみなさるでしょう。名人とはそういうものです。しかしあなたは実の娘なのだから、いつかきっと聞かせていただけますよ」
源氏の君はまた少しお弾きになる。
現代風で美しい音色なの。
<父君はこれ以上によい音色をお出しになるのか>
姫君はますます父君に会いたくなってしまわれる。
いつになるのか、そもそもそんな日が来るのかも頼りないのだけれど。
「さぁ、弾いてごらんなさい。恥ずかしがっていては上達しません。図々しく合奏をお願いするくらいがちょうどよい」
源氏の君は熱心にお勧めなさるけれど、姫君は恥ずかしがっていらっしゃる。
九州で、「皇族の末裔」と自称する老女に習っていらっしゃっただけだもの。
間違っているところもあるだろうと思うと、源氏の君の御前でなんてお弾きになれない。
<もう少し弾いていただきたい。聞いて学べることもあるはず>
姫君は思わず源氏の君に近づかれる。
「どうしたらこんなにすばらしい音色になるのでしょうか」
と首をかしげていらっしゃるお姿が、庭の灯りに照らされてお美しい。
「こういうときだけ素直に近づいていらっしゃるのですね」
源氏の君は笑っておっしゃると、和琴を遠ざけてしまわれる。