野いちご源氏物語 二六 常夏(とこなつ)
内大臣(ないだいじん)様は雲居(くもい)(かり)のお部屋へ行かれた。
少しのお(とも)だけを連れて突然いらっしゃったから、姫君(ひめぎみ)は気づかずにお昼寝なさっていたの。
薄いお着物を着て横になっていらっしゃる。
かわいらしくて小柄(こがら)な姫君よ。
着物から()けているお肌がとても美しい。

(おうぎ)を持ったまま、その(うで)(まくら)代わりにして寝ていらっしゃる。
(ゆか)に広がったお(ぐし)は、それほど長くはないけれど美しく切りそろえられている。
女房(にょうぼう)たちも物陰(ものかげ)で寝ていて、内大臣様がお越しだというのに誰も目を覚まさない。
仕方なく扇で音を立てなさった。

ぼんやりと見上げる姫君のお目元がかわいらしい。
寝起きでお顔が少し赤くなっていらっしゃるのも、父君(ちちぎみ)からしたらただただおかわいらしい。
でも、高いご身分の姫君としてはふさわしくないの。

「うたた寝はいけないと言ってあるでしょう。どうしてそんなはしたない格好で寝ているのです。女房たちまで油断して、いったい何をしているのだ。女は常にきちんとして自分の身を守っていなければなりません。だらしなく投げ出しているのは品がない。とはいえ、真面目すぎる堅物(かたぶつ)でも困る。()(だか)いのとそっけないのは(かみ)一重(ひとえ)ですがね、そっけないのはいけない。可愛(かわい)げが大切なのです。

そういえば、源氏(げんじ)(きみ)が姫君をどうご教育なさっているか、人づてに聞いたことがあります。明石(あかし)の姫君を将来の中宮(ちゅうぐう)にしたいとお思いのようですね。それによると、女性向けのあらゆる教養を身につけさせて、得意なことも苦手なこともないようにお育てだそうです。たしかに一理(いちり)ありますが、人にはそれぞれ個性があって、成長するにつれて自然とにじみ出てきますからね。はてさて入内(じゅだい)なさるころにはどのような姫君にお育ちになっているだろう。

私もあなたを東宮(とうぐう)様に入内させたいと願っていました。それはもう難しそうだけれど、せめて人に笑われない結婚をさせてあげたいのですよ。女の人生は結婚相手次第(しだい)ですからね。源氏の君の若君(わかぎみ)はまだ手紙を送ってきていますか。勝手になびいてはいけませんよ。結婚については私にお(まか)せなさい」

父君らしく優しくおっしゃるので、姫君は恥ずかしくなってしまわれる。
昔よりは精神的に成長なさっているの。
祖母君(そぼぎみ)大宮(おおみや)様は、手放してしまった姫君がご心配で頻繫(ひんぱん)にお手紙をお()()しになる。
でも、父君がご自分の将来を必死に考えてくださっていると思うと、祖母君に甘えに行くのも違う気がして、お出かけにはならない。
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