兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?
第1章『復讐対象に口説かれるなんて聞いてません!』

第1話:『ケンカ最強女子、暴走族総長に狙われる』

日が暮れ、街の明かりがネオンに変わりはじめた頃。
玲那は、地図も持たずに古びた廃工場へと足を踏み入れた。

さびれた鉄骨。グラグラと傾いたフェンス。油とタバコの匂いが染みついた空気。




──間違いない。ここが兄が死んだ現場だ。



「あの夜叉連とかいうクソ集団が、ここに集まるって聞いたけど……」



目つきは鋭く、足取りは迷いがなかった。
スニーカーの底が鉄板を踏み鳴らし、音が響く。



そのときだった。




「……あ?誰だ、あの女」

「見ねえ顔だな」



中にいた数人の不良が、ゆっくりとこちらに視線を向けてきた。
髪色もピアスもバラバラ。だが共通していたのは、どこか人を見下したような笑い。



「ちっ……来たわね、地獄の入り口」



玲那は、ズカズカと一歩踏み出す。



「ちょっと!あんたら“夜叉連”でしょ?!」



「おぉ?そうだが?」



「なら話は早い。兄を殺した連中に、挨拶しに来たの」


空気が一瞬、凍りつく。
玲那の目の奥には、燃え上がる炎のような怒りが宿っていた。

すると。




「――なに騒いでんだ、バカ共」




低く、しびれるような声が響く。
バイクの爆音が遠ざかる音と共に、現れたのは、一際異様な存在感を放つ男だった。

黒髪にほんのり赤のメッシュ。首にはチェーン。
制服は着崩し、目つきは鋭いのに、笑っているような余裕のある顔。


「!総長!」


総長?
…てことは、


「……あんたが黒崎 蓮」

「……?」


「やっと見つけたわ、兄の仇」



玲那は迷わず、一直線に蓮の元へ歩き――

その顔面に拳を叩き込んだ。



「っ、」



ズゴォッ!!!



一発で頬をはじかれた蓮は、そのまま半歩よろけて壁に手をついた。

地面に赤いものがぽたぽたと数滴垂れる。




「……おいおい」


鼻を押さえながら、蓮はゆっくりと顔を上げた。


目を細めて、薄く笑う。



「……今の、マジで殴った?」


「当然でしょ!!何ヘラヘラしてんの!?あんたのせいで、兄貴は……!!」


「ふーん……そうか」


「なによ」


「お前、喧嘩慣れしてんな」


「……は?」


「女で、俺に先手かましたヤツ……今までいなかった」


蓮の目がギラリと光る。
その一瞬で、場の空気が変わった。

まるで野生の獣に睨まれたような、底知れない“強者の風”。

玲那の喧嘩本能が、背筋をぞくりと駆け上がった。



――強い。この男、相当ヤバい。

だが、それがどうした。



「……やるなら、全力でこいよ。泣いても知らねえからな」



そうぎらりと睨みつけながら言う連に、玲那は構える。



だが次の瞬間、蓮は――



「いや、やっぱやめとくわ」


「……なによ、ビビった?」


「違う。……惚れた」


「……………………は?」


「だから、お前みてぇな女……嫌いじゃねぇ。
 責任とれよ。俺の女になれ」


「なんねーよ!?!?!?!?!?!?!?」



その夜、工場の中に響いたのは、玲那の魂のツッコミだった――。


「なんで?責任取れよ」


「なんの責任よ!!」


「俺が惚れたから」


「知らないわよ!!!!!」



玲那は怒りを通り越して、呆れ果てていた。
拳をぶち込んだ当の本人が、“惚れた”とか言い出す狂気の展開。


しかも――まだその場にいる夜叉連の面々が、一斉にどよめいていた。



「え、マジで……総長、今“惚れた”って……」


「女に手ェ出さねえ主義、どこいったんスか」


「でもクソ強ぇし…よく見たら可愛いし…ワンチャン……?」



いや、ワンチャンって何。


玲那は両手で頭を抱えた。



「ちょっとあんた、ほんとに何考えて――」


「俺、基本一目惚れとか信じねえんだけど」



蓮が真顔で言った。


「……でもな。
 あの時の目、殴った拳、言葉の刃。全部、胸に突き刺さった」


「うるっっっさいわああああああああああ!!!」


ぶちギレながら玲那は蓮の胸ぐらを掴む。


「真面目な顔で口説いてんじゃねえよ!!!こっちは“仇討ち”に来てんだよ!!!」


「兄貴の命かかってんだよ!?一体どんな神経してんの、あんた!!!」


「……落ち着けって。興奮して鼻血、止まんねぇ」


「私が出したんだわ!!自業自得でしょ!!」


そのままグイグイ揺さぶる玲那を、蓮はされるがままにされていた。
殴られて、掴まれて、罵倒されて――それでもどこか、楽しそうな顔をして。


「……最っ高」


「なんなん!?!?」


「お前、マジで……面白い女だわ」


口角を上げて笑うその顔が、腹立たしいほど整っていた。

しかも。


「名前、教えろよ」


「は!?」


「俺の女にすんだから、名前くらい知っとかねぇと」



「誰がなんのよ!!」


「じゃあ、あと何発か殴らせてやるから、その後で」


「くっそむかつく!!でもちょっと優しいのやめろ!!!」


玲那の感情が、パンク寸前だった。
怒り、困惑、焦り、そして――どこか、ほんの一瞬だけ、心が揺れたのはなぜだろう。


兄のことだけ考えてきたこの一年。
誰かに、こんなに強引に関わられたのは初めてだった。


──何なのこの男。
──ムカつく。ムカつく。
──でも、目が離せない。


「……椎名。椎名 玲那」


「ふーん。玲那、ね」


蓮が口元でつぶやくその声に、少しだけ、胸がざわついた。


「……じゃ、また来いよ。うちのアジト」


「行くかバカ」


「またぶん殴りにでも来てくれ。歓迎する」


玲那は無言で背を向ける。
鉄の扉を勢いよく蹴飛ばして、廃工場を出た。


けれど――
背後で聞こえた蓮の言葉が、なぜか耳から離れなかった。


「お前が兄の仇だってんなら――
 俺は、これから何百回でも“許されない男”を演じてやるよ」


玲那の心臓が、大きく跳ねた。

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