兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?

第2話『仇が先輩で同じ学校とか、神様の悪趣味すぎん?』

朝の登校路。
制服のリボンを軽く直しながら、玲那はため息をついた。

(最悪……昨日の夜のこと、思い出すだけで胃が痛い)

廃工場の裏手で偶然出会った男――黒崎 蓮。
兄の仇として睨みつけて、一発ぶち込んだあげくに。


『惚れた』

あんなふざけたセリフ、誰が信じるか。


(でも……あの目、本気だった。気持ち悪いくらいに)



できればもう二度と会いたくなかった。
でも、ここは自分の高校だ。
さすがに学校で会うはずが――




「……よ」



その声を聞いた瞬間、玲那の心臓が止まりかけた。


(え)



顔を上げると、昇降口のすぐ前。
ポケットに手を突っ込み、制服のシャツを無造作に羽織った長身の男。

黒崎 蓮。



「……お、お前、なんで……」



「会いに来たぜ、玲那ちゃん」



口元には、昨夜と同じ余裕の笑み。

玲那の絶叫が、校舎前に響き渡った。




「なんでここにいんのよおおおおおお!!?」








「この高校、俺の学校なんだけど」



「嘘でしょ!?転入とかじゃなくて!?」



「ずっと前からいる。三年C組。……お前は一年だよな?」



「なに!?先輩!?ってことは、うちの高校の生徒だったの!?ずっと!?」



「そ。てか、後輩がいきなり拳ぶっ込んでくるのって、なかなかないよな」



「ふざけないでよ!!なんで今まで気づかなかったのよ……!!」



蓮はにやにや笑いながら言う。



「だって俺、あんま学校来てなかったし。
 “夜の顔”の方が有名だからな」



「最悪!!!!!!」



(まさか黒崎蓮が、同じ高校にいて、しかも三年の先輩だったなんて……!)



この瞬間、玲那は悟った。



――この学校に、平穏な日常はもう存在しない。








そして、その予感は、残酷なくらい的中した。

蓮は、その日を境に――玲那に“毎日”絡んでくるようになったのだ。







■昼休み。教室。



「玲那、飯食った?」



「なんで知ってんのよ、私の教室……!!」


「調べた」


「おい犯罪者!!!」



蓮は堂々と玲那の机に肘をつき、のぞき込む。


「俺の弁当、ちょっと食う?」


「毒でも入ってそうだからイヤ!!!!」


「食べさせてもらおうかなと思ってたのに」


「やっぱ死ね!!!!!!!」





■授業間の廊下。



「後輩ってさ、可愛いよな。反応がいちいち新鮮で」


「ついてこないで!!怖いの!!」


「俺の顔が? それとも、昨日のセリフ?」


「“両方”だよ!!!!!!!!」






■放課後。昇降口。


玲那が靴を履こうとした瞬間、視界の端に長身の影。


「今日も一日お疲れ」


「うわあああああ!!!なんでいるの!?!」


「今日の玲那、ツッコミキレよかった。8.5点」


「採点するなあああああ!!!!」






その日々は続いた。
どこにいても、蓮は現れる。
教室、廊下、校庭、購買前――玲那が気づく前に、視線が先に届く。


同級生たちは噂していた。


「一年の玲那ちゃん、黒崎先輩となんかあるの?」


「え、怖くない?夜叉連の総長でしょ?」


「てか、あの先輩が後輩にちょっかい出すのって珍しくない?」


玲那は毎回その言葉を聞くたび、頭を抱えた。



(ちょっかいってレベルじゃないのに……!)






ある日の放課後。


「ねぇ、ほんとにやめて。
 あたし、あんたのこと許してないから。兄のこと……絶対に」


玲那が静かにそう告げた時。


蓮の笑みが、少しだけ消えた。



「……お前の兄貴のこと、ちゃんと話す時がくる。
 でも今はまだ、無理だな」


「何それ。どういう意味?」



「俺に怒ってるお前じゃなくて、
 ちゃんと俺を見てくれるお前に話したい」



玲那の胸に、ザワッとした感情が走る。


戸惑い、不安、そしてほんの少しの興味。


「……なに勝手なこと言ってんのよ。
 見るわけないじゃん、そんなの」


背を向ける玲那に、蓮はゆっくり言った。

「じゃあ、見させてやるよ。
 俺がどんな人間かってこと」





そしてその言葉通り、蓮は翌日も現れた。

変わらない笑みで。
変わらない距離で。

でも、玲那の心の中では――ほんの少しだけ、
「この人、なんなんだろう」と、
“仇”以外の輪郭が浮かび始めていた。
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