『脆い絆』
34 ◇俺と一緒になろう

「あのさ、俺と一緒になろうぜ」

 ティーカップに口をつけてお茶を飲もうとしていた珠代はうん?と思った。

『一緒になるって? 一緒にどこかへ行こうではなくて?』

 小首を傾けながらティーカップをテーブルに置く珠代の姿に和彦は
意を決して恥ずかしくて勇気の必要な台詞を口にした。

「俺と結婚しようってこと。嫌か? 」

「嫌じゃないけど……和くんと結婚かぁ~」

イエスとも言わずに、何故か珠代は俯いてしまった。



和彦は非常に見栄えの良い男で一緒に歩いていると大抵女子は
振り返ることを珠代は知っている。

だから和彦が望めば、きっと綺麗で教養もある素敵な女性を選べるのだろうなと 
漠然と考えていた。

そして、和彦が自分と親しくしているのは、幼馴染だからだと承知していたので 
自分たちふたりの関係は珠代もその延長線上でのことと捉えていた。

……というのも、いつ会っても面白い話をするだけで心ときめく
言動というものが少しもなかったから。

それと祭りなどに行くときには和彦がよく言っていたのは
『女子一人だと悪い男が寄って来て危ないからついて行ってやるよ』
と兄貴ぶった言動をしていたせいもある。


しかしその一方で縁談に興味を示せなかったのも、和彦ともう一緒に遊べなく
なるからというのが無意識に働いていたことも否めない。

熱烈に好きという気持ちになったことはなかったけれど
和彦からの予想外のプロポーズに珠代は思っていたよりも
何倍も自分の心が嬉しがっていることに気付いた。



「和くん……」
そうひと言呟いて顔を上げた珠代の目は涙で潤んでいた。


『えっ? 泣くほど嫌なのかぁ~ 』と脱力しかけた和彦。


「私、和くんとずっと一緒にいられるなんて思ってなかったから
うれしい。もうこれでお見合いもしなくていいし」


「見合いってそんなに嫌なもんか?」


「そりゃあそうよ。知らない男と膝突き合わせてお茶飲んで
話をしないといけないなんて、嫌すぎる~。和くんとなら
落ち着くぅ~」


 珠代が自分のことを好きだとは言ってくれないのが少し
不満ではあるがうれしいと言ってくれ和彦はほっとした。


「珠代ちゃん、今度日を決めてご挨拶に伺うよ」

「うん……」

ちゃんと、段取りも考えてくれてたなんて和くんって
思ってたよりちゃんと大人なんだ。

そんな和彦を前に、珠代はこの先どんどん……もっともっと……
彼のことを好きになっていきそうな予感がするのであった。



――――― 前々頁からの本編と少し違う感じに-シナリオ風 ――――――



〇北山家・工場応接間(翌日朝)

   珠代、兄の涼と朝の打ち合わせを終えた後、台所でお茶を入れている。

珠代(心の声)
「まさか……和くんが、あんなこと言うなんて思ってもみなかった……。
『俺と一緒になろう』って……。
あんな口調でプロポーズされるなんて、まるで活動写真の世界じゃない!」

   頬を染め、茶碗を手にふっと微笑む珠代。


〇回想:カフェでのプロポーズシーン

和彦「俺と結婚しようってこと。……嫌か?」
珠代「嫌じゃないけど……和くんと結婚かぁ~」

〇現在: 工場内

珠代(心の声)
「好き、って言ってもらったわけじゃないのに……こんなに胸が熱くなる
 なんて……。
 子供の頃からずっと一緒だった和くんを……私、思ってた以上に――」

   

〇稲岡家・和彦の部屋(同日夜)]
   
   和彦、机に座っているものの何をするでもなく。
   想うのは珠代のこと――――――。

和彦(心の声)

「言ってしまったなぁ……。
“俺と一緒になろう”……なんて、男としては不器用すぎたか……」

   引き出しから、珠代との写真──神社の夏祭りで並んで写るものを
   取り出す。

和彦(呟く)
「だけど……あいつ、泣いてたな……。
 嬉しそうだった……。
 本当は、ずっと俺のこと見ててくれたんだろうか……」

母の声:廊下越し「和彦、ごはん冷めるわよ~」

和彦(N)「写真を伏せ、立ち上がりながら……ちゃんと決めないとな。
 今度、珠代のお父さんに会いに行こう」


〇工場/寮の一室(その夜)]
   窓辺に座り、縫い物をしている温子。

   哲司が来た時のことに思いを馳せる温子。

温子(心の声)「哲司さんが会いに来た日、不思議と、気持ちは穏やかだった。
 気持ちが揺れることはなかったなぁ……」

   珠代がノックして入ってくる。

珠代「こんばんは、温子さん。
 ……ねぇ、ちょっと話してもいい?」

温子(微笑んで)「もちろん。
 ……なんだか、顔がほんのり赤いわよ?」

珠代(照れ笑い)「ばれた? ……あのね、実は……和くんに、プロポーズ
 されちゃった」

温子(目を丸くして)「まぁ……! 和くんって、あの幼馴染の?」

珠代(コクリと頷く)「うん。びっくりしたけど……うれしかった。
 これからも和くんと一緒にいられるなんて思ってもみなくて」

温子(静かに微笑み)「よかったわね、珠代さん。
 ……ずっと自然に隣にいた人の優しさが、一番しっくりくるのかもしれないわね」

   2人、並んでお茶をすすりながら微笑む。

珠代「温子さんは、これから先どうするの?」

温子(少し遠くを見て)「そうね……。
 しばらくは、ここで静かに過ごしたい。
 ひとりになって、自分を取り戻す時間が欲しいの」

珠代(優しく)「それでいいと思う。
 心を休ませてゆっくりする時間も必要だと思うわ。


〇自宅/自分の部屋 帰宅後の夜]
   独り侘しく温子に会いに行った時のことを思い返す哲司。

哲司(心の声)「やっぱり、駄目だったな。
 しようがない……さ。今更だもんな。
 温子の目は、もう俺のことなんて見ていなかった」

   机の上には、昔の写真──結婚式の日の一枚


哲司(心の声)「大切な人に対して配慮が欠けていて、ないがしろに
 してしまっていた。
 だけど……せめてこれからは、人の声に耳を傾け、自分の言葉で
 伝えていかなければな」
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