『脆い絆』
35 ◇皆どうしちゃったの?

明治30年(1897年) ◉ 珠代 20才  和彦 20才の時

まだ寒さを残しつつも、春を目指して草木が芽吹き始める頃
幼馴染の和彦と遊びに行くと言い置き出掛けていた娘の珠代が
広い庭園を今にもスキップしそうな勢いで家に帰って来るなり、
広い玄関で靴を脱ぎ、鼻歌でも出てきそうなくらい楽し気な様子で
家族の集う応接間へと入ってきた。

「あら、珠代随分とご機嫌さんみたいね。何かいいことでもあったの?」

「そうだね。まぁ、珠代は普段から悩みもなさそうで明るく元気
だがな」

「だって、そりゃあこんなに嬉しいことはないわ。
もうこれでお見合いもしなくていいし」

「それはどういう……」

「あのね、お父様お母様も……まだはっきりとはお聞きしてないけど
今度かその次のお休みに和彦くんとそのご両親とがお父様たちに
ご挨拶に来てくださるそうよ」


両親と兄たちは、午後のお茶をゆったりと嗜んでいたところで
突然の闖入者よろしく珠代はしばらく両親との会話を交わしたあと
椅子に座った。

そこへ気を利かせた女中が紅茶を運んできた。

「お嬢様、お紅茶いかがですか」

「芙美ちゃん、いつも気が付くこと。ありがとう 」

「とんでもございません」

女中の芙美が応接室から出て行くと先ほど珠代がふった話の
続きが再会される。


「和彦くんは、いままで将棋やら囲碁をしに来る時はひとりで
来てたじゃないか。それをどうしてご両親引き連れて来るんだい?」



「あなた、何呑気なこと言ってらっしゃるの」

珠代の放った『もうこれでお見合いもしなくていいし』という言葉と
今まで一度として和彦が両親と我が家を訪れたことなどなく、それなのに
近々自分の両親を連れて来るなんて聞けば、大体察っせそうなものを。

はて、もしかして夫は分かった上で珠代に質問しているのか? この時の
千代子には夫の腹の内が読めなかった。



「お父さん、私、和彦くんと結婚するから」

「そっか。そりゃあ良かった。目出度いな。珠代、貰ってくれる人間が
いて良かったな―――。お父さん、彼なら珠代のことを泣かせたりせず
大事にしてくれますよ」

それまでじっと自分たちの遣り取りを静かに聞いていた
兄の涼が賛成の意を表明してくれて珠代は嬉しかった。

そして両親も
指が片手で足りる頃から仲良くしてきた幼馴染の和彦のことをもろ手を
あげて、貰い手がいて良かったなと喜んでくれると思っていたのに。


父親どころか母親までもが困惑した顔をしているのだ。


明らかにいつもの両親とは違う。
『どういうこと?』

珠代は困惑気味に首を捻るしかなかった。

『肩の荷が下りたよ~、和彦くんには感謝だなぁ』などと喜んでくれると
思っていたからそれは尚更だった。
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