『脆い絆』
 42 ◇許して



それから10年、涼が嫁取りをすることはなかった。

見合いも何度かしたけれど、誰でもよしとするような結婚だけはするまいと
決めていたこともあり、しかし絶対結婚などしないと決めていたわけでも
なかったのだが、ついぞ嫁にほしいと思うような女性と出会わなかったから
である。

それでも一向に構わなかった。

結婚に反対する両親が……特に父親亡きあと万が一にも志乃が離縁などして
出戻ってくるようなことがあれば……そんな考えも頭にちらほらあったから
というのもある。


          ◇ ◇ ◇ ◇


そのような日々の中、1910年(明治43年)の盛夏に未曽有の大水害が起きた。

梅雨前線と2つの台風が重なったことから豪雨により河川が氾濫し、
大勢の人間が亡くなった。

会合へ夫婦揃って出掛けていた両親はこの水害であっけなく三途の川を渡って
しまい、東京へ嫁いで行った志乃と一緒に付いて行ってた志乃の母親も亡くなって
しまった。

志乃が亡くなったことを涼が知ったのは、1か月もあとのことだった。

東京も水害があったことを知り、気になって両親の葬式を終えたあとすぐに
調べたのだった。

『いやぁ~、志乃ちゃんあっちでお袋や親父と鉢合わせしてないかい?
許してやってな。ごめんよ、もうこれでほんとうに志乃とは会えなくなって
しまったな。年寄りになって爺婆(じじばば)になってからでも会えない
ものかと俺はずっと未練残してたの……知らなかっただろ? 
いくじのない俺を許しておくれ、許して……』

兄の苦悩を間近で見てきた珠代は、両親を亡くした悲しみと兄の切ない
志乃に対する懺悔する苦しみ悲しみを(はた)で見ていて辛かった。


でも自分には愛する伴侶がいる。

悲しみを半分に分かち合ってくれる夫がいる。
兄には心の拠り所となる相手が誰一人としていない。
それがまた一層悲しみに拍車がかかるのだった。



    ――――― シナリオ風 ―――――

   それから10年、見合いも何度かしたものの、涼が嫁取りをすることは 
   なかった。
   嫁にほしいと思うような女性と出会わなかったということもあるが
   いつか先で、志乃が離縁などして出戻ってくるようなことがあればと、  
   そんな考えも頭にちらほらあったからというのもある。


〇関東地方/1990年(明治43年)の盛夏/未曽有の大水害

   豪雨により河川が氾濫し、大勢の人間が亡くなる。

   隣の市へ会合に出掛けていた涼の両親もこの水害であっけなく三途の川 
   を渡ってしまう。
   東京へ嫁いで行った志乃と、志乃の母親も亡くなってしまう。

〇北山家仏間/両親の葬儀が終わった後

   仏壇の前で香を手向ける珠代と和彦

珠代(N)「突然の大水害で、父と母は……何の前触れもなく、三途の川を渡っ 
 てしまった。
 そして――志乃さんも。
 兄の胸中を思うと珠代はたまらなくなるのだった」

   涼は一言も発さず、仏壇の前に正座したまま、じっと両親の遺影を
   見つめている

(N)「志乃が亡くなったことを涼が知ったのは、両親の死後1か月もあとのこ 
 とだった」

〇涼の書斎・夜

『いやぁ~、志乃ちゃんあっちでお袋や親父と鉢合わせしてないかい?
許してやってな。ごめんよ、もうこれでほんとうに志乃とは会えなくなって
しまったな。年寄りになって爺婆(じじばば)になってからでも会えない
ものかと俺はずっと未練残してたの……知らなかっただろ? 
いくじのない俺を許しておくれ、許して……』

   

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