『脆い絆』
54 ◇珠代の涼に対する想い


秘して語らずは、互いに四十(しじゅう)に近い男女の場合、厄介だ。
10代20代の頃よりは、現実主義にならざるを得ないからだ。

伴侶を選んでいられる期間がそう残っているわけでもなく、チャンスを掴む
機会がそうそう多くないことを知る年代だもの。

大恋愛でなくとも自分を大切に庇護してくれる男から言い寄られれば、秘して
語らずの相手などいつまでも女は待てまい、待てるわけがない。

「涼さん、チャンスの神様(幸運の女神)には前髪がありませんからね。
絹の言うことは、よくよく考えてくださいね」

「絹さん、分かった。よく考えてみるよ」

涼の素直な返事に絹は微笑みながら頷いた。
一方胸の内では『考えなくていいから早く告白するのじゃ』と涼に
念を飛ばしていたのだった。

絹がこうも強い意志でもってお節介をやくのには理由(わけ)がある。

いつかの日に聞かされた珠代の温子に対する思慕と兄を想う気持ち、
そしてそのようなことと共に自分も温子の人柄に惚れ込んでいること。

           ********


兄の涼の幸せを願っている妹の珠代の望みは兄に素敵なお嫁さんを
迎えること。

志乃の結婚を見送り、そのあとずっと独身を通してきた兄。
特に独身のままでと考えていたわけではないだろうが、妻にしたいと
思える女性に出会えなかったのだろう。

無理もない。
志乃という大恋愛をした女性がいたのだから、見合いだからとて
何かインスピレーションのひとつも湧かなければ到底結婚など
できまい。

そこへ突然離婚予定の小桜温子が自分たちの身近に登場。

彼女は今は旧姓に戻り真鍋温子として工場付の看護婦として
勤務してくれている。

もうこのチャンスをものにできなければ、兄はこのまま寂しく老いて
いくだけになるかもしれないと思うと珠代は切なくなるのだった。


    ――――― シナリオ風 ―――――

〇絹の病室(昼下がり)続き

   温子も涼もあと少しで互いに四十《しじゅう》に手が届く年齢である。
   伴侶を選んでいられる期間がそう残っているわけではない。

絹「涼さん、チャンスの神様《幸運の女神》には前髪がありませんからね。
 絹の言うことは、よくよく考えてくださいね」

涼(神妙に)「絹さん、分かった。よく考えてみるよ」



   涼の素直な返事に絹は微笑みながら無言で頷く。

絹(心の声)『考えなくていいから早く告白するのじゃ』


回想:工場裏の畑 / 珠代との会話(数か月前)


   夏の日差しの下で、珠代と絹が休憩中。
   湯飲み茶碗から立ち上る麦茶の香り。
 
珠代「兄には……素敵なお嫁さんを迎えてほしいんです」

絹「……涼さんは、志乃さんを見送ってからずっと独り身ですからねぇ」

   志乃――涼がかつて大恋愛をした女性。
   家柄の格差で両親に反対され、婚約寸前で別れた相手。
   その後、志乃は他家に嫁ぎ、幸せに暮らしていたが水害で逝った。

珠代「見合いでも……何か感じるものがなければ結婚なんてできません。
 でも、温子さんが現れた今が……兄にとって最後の好機かもしれません」


珠代(N)(珠代の望み)
「兄に素敵なお嫁さんを迎えること。
 温子が現れたことで漠然としていた兄のお嫁さんというのが温子になり、
 彼女にぜひともなってもらいたいと切望するようになる。 
 もうこのチャンスをものにできなければ、兄はこのまま寂しく老いて
 いくだけになるかもしれない」


絹「おふたりにご縁があるといいですね~」

絹(N)「珠代の切実な願いを聞きながら、ふたりのためにひと肌脱ごうと
 決心するのだった」
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