『脆い絆』
64 ◇富裕層の仲間入り
「おかあさん!」
『おかあさん』の呼びかけに一度目は全く反応できなかったけれど
二度目で聞きなれた声に気付いた。
振り向くと、見知った顔がふたつ並んで見えた。
自分がふたりに気付くと同時に、娘の鳩子が駆け寄ってきた。
そしてそれに続いて元夫の哲司もこちらに歩いてきた。
温子がふたりを見た時、正直ふたりの余りの貧相な佇まいに驚きを
隠せなかった。
今も哲司働いており給料などはあるはずで、それなのにどうしたことか目の前に
はみすぼらしい恰好のふたりがいた。
今ももし自分の家族だったなら、涙するところだ。
それにしても、よくもまぁいけしゃあしゃあと自分に声を掛けられたものだと
呆れた。
理不尽で酷い扱いをした方は、鬼の仕打ちをさっぱりと忘れられるらしい。
まず感じたのが自分に駆け寄ってきたふたりの視線だった。
温子はこの日、涼との入籍後にふたりで選んで購入したばかりの高級な
着物と帯などを着用していた。
洒落者で富裕層しか手に入れられない着物と帯を締めていた。
着物の柄は幻想的で、幽玄の美を感じさせる赤みを帯びた薄紫の竹林で
しかも模様は珍しい葉っぱのない、竹の幹だけ。
帯は少し明るめのクリーム色に近いもので錦紗と呼ばれる
絹織物で織られ六角形の模様が織り込まれた豪華さのある帯。
普通の家庭の主婦や独身者などには到底手の届かぬ代物である。
一介の看護婦の給金で買えるものでないことは、常識のある者なら
すぐに分かるだろう。
娘の瞳には、綺麗な着物が着れて羨ましいという羨望の色が浮かんでおり、
また夫の哲司が自分を見る瞳(の中)には、少しの驚きと戸惑いの色が浮かんでいる。
その眼差しには、何か眩しいものでも見るかのような意味合いを内包していた。
――――― シナリオ風 ―――――
〇家具屋の近隣の店:続き
「おかあさん!」
最初は気付かず、二度目でようやく耳が覚えた声に反応する温子。
振り向けば、娘・鳩子と、元夫・哲司の姿。
鳩子が駆け寄り、哲司も続いて歩み寄る。
だが2人の余りに貧しい身なりに、温子は驚きを隠せない。
温子(心の声)「哲司は働いているはず……なのに、どうしてこんなに
みすぼらしいの?
もし今も私の家族だったなら……涙していたかもしれない」
(N)「だが、彼らはかつて温子に理不尽な仕打ちをした当人たち。
呆れるほど平然と声をかけてくる。
鬼のような仕打ちを忘れたのか? 普通に接してくるのだ」
駆け寄る鳩子の視線は、母の着物に注がれる。
そこには羨望の色。
一方、哲司の目には驚きと戸惑い――まぶしさすら帯びていた。
(N)「温子が身につけていたのは、涼と共に選んだばかり高級な一揃え。
赤みを帯びた薄紫、竹の幹だけを描いた幻想的な小紋。
明るいクリーム色の錦紗の帯。
六角模様を織り込んだ豪奢な一品。
それは、一介の看護婦が給金で買える代物ではなかった。
〇家具屋前の通り 佇む3人
過去と現在――
貧しくくすんだ旧家族と、眩しく彩られた新しい人生。
三人の視線が、交錯する。
「おかあさん!」
『おかあさん』の呼びかけに一度目は全く反応できなかったけれど
二度目で聞きなれた声に気付いた。
振り向くと、見知った顔がふたつ並んで見えた。
自分がふたりに気付くと同時に、娘の鳩子が駆け寄ってきた。
そしてそれに続いて元夫の哲司もこちらに歩いてきた。
温子がふたりを見た時、正直ふたりの余りの貧相な佇まいに驚きを
隠せなかった。
今も哲司働いており給料などはあるはずで、それなのにどうしたことか目の前に
はみすぼらしい恰好のふたりがいた。
今ももし自分の家族だったなら、涙するところだ。
それにしても、よくもまぁいけしゃあしゃあと自分に声を掛けられたものだと
呆れた。
理不尽で酷い扱いをした方は、鬼の仕打ちをさっぱりと忘れられるらしい。
まず感じたのが自分に駆け寄ってきたふたりの視線だった。
温子はこの日、涼との入籍後にふたりで選んで購入したばかりの高級な
着物と帯などを着用していた。
洒落者で富裕層しか手に入れられない着物と帯を締めていた。
着物の柄は幻想的で、幽玄の美を感じさせる赤みを帯びた薄紫の竹林で
しかも模様は珍しい葉っぱのない、竹の幹だけ。
帯は少し明るめのクリーム色に近いもので錦紗と呼ばれる
絹織物で織られ六角形の模様が織り込まれた豪華さのある帯。
普通の家庭の主婦や独身者などには到底手の届かぬ代物である。
一介の看護婦の給金で買えるものでないことは、常識のある者なら
すぐに分かるだろう。
娘の瞳には、綺麗な着物が着れて羨ましいという羨望の色が浮かんでおり、
また夫の哲司が自分を見る瞳(の中)には、少しの驚きと戸惑いの色が浮かんでいる。
その眼差しには、何か眩しいものでも見るかのような意味合いを内包していた。
――――― シナリオ風 ―――――
〇家具屋の近隣の店:続き
「おかあさん!」
最初は気付かず、二度目でようやく耳が覚えた声に反応する温子。
振り向けば、娘・鳩子と、元夫・哲司の姿。
鳩子が駆け寄り、哲司も続いて歩み寄る。
だが2人の余りに貧しい身なりに、温子は驚きを隠せない。
温子(心の声)「哲司は働いているはず……なのに、どうしてこんなに
みすぼらしいの?
もし今も私の家族だったなら……涙していたかもしれない」
(N)「だが、彼らはかつて温子に理不尽な仕打ちをした当人たち。
呆れるほど平然と声をかけてくる。
鬼のような仕打ちを忘れたのか? 普通に接してくるのだ」
駆け寄る鳩子の視線は、母の着物に注がれる。
そこには羨望の色。
一方、哲司の目には驚きと戸惑い――まぶしさすら帯びていた。
(N)「温子が身につけていたのは、涼と共に選んだばかり高級な一揃え。
赤みを帯びた薄紫、竹の幹だけを描いた幻想的な小紋。
明るいクリーム色の錦紗の帯。
六角模様を織り込んだ豪奢な一品。
それは、一介の看護婦が給金で買える代物ではなかった。
〇家具屋前の通り 佇む3人
過去と現在――
貧しくくすんだ旧家族と、眩しく彩られた新しい人生。
三人の視線が、交錯する。