欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~
2、ホテルの鍵を開けたのは、彼の指

残業、ふたりきりの夜

残業は、好きじゃない。
仕事とプライベートは、きっちり分けたいタイプ。

時間内に終わらせて、さっさと家に帰って好きな紅茶を淹れて、ドラマを見るのが日課だ。

でも――今日に限って、それは叶わなかった。

「ごめんな、西原。他に残業できる人がいなくて」

私を引き留めたのは、他でもない一ノ瀬課長だった。

「大丈夫ですよ。早く終わらせちゃいましょう」

そう笑って答えたけど、内心はちょっとだけ複雑だ。

なにせ今日の残業内容は、“資料100部のコピー”。

深夜ルートまっしぐら案件だった。

だけど私は、課長に頼まれたことが嬉しかった。

一ノ瀬課長。冷静で的確で、部下に無駄口を叩かない人。

だけど、時折ふっと見せる優しい目元や、真剣に考えごとをしている時の指先の動き――。

そういう全部が、私にとっては“憧れ”だった。

仕事ができる人になりたい。課長みたいに。

そう思い続けて、気づけば入社して5年が経っていた。
< 10 / 55 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop