君に花を贈る
「ふじ……いえ、須藤さん?」
「今、家に花音ちゃんしかいないよね? だったら、外で待ってようかな。……女の子ひとりの家に入るのって、ちょっと……その、気が引けるというか……」
「……なら、ちょっと待っててください」

 花音ちゃんは驚いたように目を丸くして、それからすぐに部屋の中に戻っていった。
 ほどなくして、水筒をふたつ抱えて戻ってきた。

「こっちです」

 玄関の長靴を履いて、花音ちゃんは俺の方を振り返りながら、外に出た。
 ついて行った先は俺が車を止めさせてもらった駐車場のすぐ横の温室だった。

「……ここ、どうぞ」
「……ありがとう」

 温室の前にあるベンチに誘われて、花音ちゃんと並んで腰を下ろす。
 花音ちゃんは間に水筒を置いた。

「これ、良かったら……。ただの麦茶ですけど」
「ううん、す……ありがとう。いただきます」

 あぶな……。嬉しすぎて、思わず「好き」って言いそうになった。
 一人で勝手にドキドキして、水筒をそっと受け取った。
 麦茶って……こんなに美味しかったっけ?
 花音ちゃんも隣に座って、静かに水筒を傾けていた。

「……もしかして、つきあってくれてるの?」
「まあ……。せっかく来てくれたのに、ほったらかすわけにいきませんよ」
「ありがとう。あ、そうだ、聞こうと思ってたんだけど……花音ちゃんが育ててるチューリップって、ピンク以外にもあるの?」
「ありますよ」

 花音ちゃんがスマホを取り出して、いくつか写真を見せてくれた。
 どれも発色がよくて、花の形も整っている。

「うん、どれも素敵だね。来年が楽しみになるよ」
 そう言って顔を上げたら、思った以上に花音ちゃんの顔が近くて、思わず後ろにのけぞった。
 ……これくらい背が近いと、キスしやすいんだろうな、なんて考えてたら、エンジンの音が聞こえた。

「あ、瑞希帰ってきましたね」
「……うん。ありがとう、一緒に待っててくれて」
「いえ、すみません、こんな場所で待たせちゃって……」

 “こんなところ”なんかじゃないのに、そう言う前に花音ちゃんはもう、トラックのほうへ歩いていってしまった。
 ちゃんと瑞希が帰ってきたらすぐわかるような場所で、飲み物まで用意して、ずっと隣にいてくれた。その優しさだけで、ここは十分すぎるくらい素敵な場所だった。

「悪いね藤乃。道混んでてさあ」
「大丈夫。花音ちゃんが一緒にいてくれたから、もう一週間くらい帰ってこなくても平気だった」
「そうなったら花音も連れてっていいから自分の家に帰ってくれ。んで、こっちの畑なんだけどさ」

 瑞希について畑に向かう。
 振り返ると花音ちゃんはおばさんと一緒にトラックの片づけをしていた。
 水筒、ちゃんと後で返さなきゃな。

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