君に花を贈る
 昼頃、花音ちゃんが弁当箱を二つ手にして顔を見せた。

「これ、花音ちゃんが作ってくれたの?」
「いえ、母が作ったので、安心してください」
「……そっか。わざわざ持ってきてくれて、ありがとう」

 食べたかったな、花音ちゃんの手作り弁当……。
 水筒も減ってるだろうからって、朝のと交換してくれた。至れり尽くせりで驚く。
 畑の隅のベンチで瑞希と並んで昼をとるのは、バイトの頃からずっと変わらない。

「そういえば、昔、花音ちゃんが作ってくれた杏仁豆腐、あれ美味しかったよ。言いそびれてた」
「杏仁豆腐……?」
「それ、いつの話だよ」

 花音ちゃんと、さっさと食べ始めた瑞希が首をかしげる。首の角度が同じで思わず笑ってしまった。

「いつだったかな……大学生のときだから、たぶん……十年くらい前……?」
「よく覚えてたな」
「花音ちゃんの手作り弁当、食べたいなって思ってたら、ふと思い出したんだ」
「な、なんですかそれ……。あ、でも思い出しました。高校の家庭科の課題で作ったやつです。部活の試合のあとに食べようと思ってたくさん作ったのに、帰ったらなくなってて、母と喧嘩しました……」
「えっ、うそ、ごめん。俺がもらって、美味しくて、全部食べちゃったんだ」
「いえ、母が勝手に渡したんですから、須藤さんは悪くないですよ」

 花音ちゃんはそう言って、自分もお昼を食べると家のほうへ戻っていった。
 瑞希はもう食べ終わっていて、弁当箱を片付けていた。
 俺も急いで食べよう。

「そういやさ、花音ちゃんって遠慮がちじゃない?」

 ふと思い出して、瑞希に話しかけた。

「兄に遠慮する妹なんか、いねーよ」

 あまりに嫌そうな言い方に、思わず吹き出した。

「そうじゃなくてさ。うちに来たとき、俺が花運ぶの手伝おうとしたときとか、お茶とか椅子とか、なんでも一回遠慮するんだよね」
「あー、分からんでもない。けど、それ遠慮っていうより慣れてないだけじゃね?」
「慣れてない、って?」
「他人に親切にされるのに慣れてないの」
「そうなの? あんなにかわいいのに。全人類親切にしたくなるレベルでしょ」
「お前は相変わらず、たまに気持ち悪いな。花音はデカいからさ」

 デカいからってなんだ、それがいいんだろうが! って言いたいけど、またキモいって言われそうだから黙っておく。

「大丈夫そうに見えがち、みたいな。あいつ中高でバレーやってたからさ、余計に。がっちりしてて、助けなくても平気そうに見えんだよ」
「いや、見えない。墓まで助ける所存だけど」
「それ、本人に言えよ」

 瑞希がドン引きした顔でこっちを見てくる。
 ずっと一緒にいると、あのかわいさに気づけないんだろうな。
 手を貸すと、少し戸惑いながらも照れた顔で「ありがとう」って言うのが、本当にかわいいと思う。

「てかさ、藤乃んとこにもいるだろ、かわいい子。バイトの……あお……あおちゃん?」
「葵? あれは確かにかわいいけど、そういうんじゃないから」

 スマホを取り出して画像を探し、検索結果の画面を瑞希に向けた。

「子猫?」
「そう。かわいいだろ? 葵のかわいさは子猫と同じで、それが当然って感じ。でも、花音ちゃんのかわいさって、見るたびにドキッとするんだよな……あんなにかわいくて、大丈夫なんだろうか」

 思い出すとまたドキドキするから、なるべく考えないようにして弁当を食べ進めた。

「俺は見慣れてるからな、あいつの顔。てか、兄が妹のかわいさに毎回びっくりしてたらキモいだろ」
「それはそうだ」

 食べ終えた弁当箱を片付けていたら、瑞希が家に持ってくって言うから、お願いする。
 午後の作業に向かおうと立ち上がって農具を取りに行く途中、温室の中に花音ちゃんの姿が見えた。
 花音ちゃんは、真剣な顔で花を見比べていた。
 蒸し暑い温室の中、汗でびっしょりになりながら、いつものぱっちりした丸い目を細めて、何かをメモしていた。

「かわいいだけじゃないんだよな……ほんとに」

 邪魔したくなくて、そっとその場を離れる。
 本当はもっと見ていたいし、写真も撮りたかった。でも、それはさすがにキモいって自分でも分かってるから、我慢した。


 戻ってきた瑞希と一緒に、畑の作業に戻った。
 夕方まで働いて、夜ごはんをご馳走になってから家に帰った。食事のとき、花音ちゃんがいなくて、少し残念だった。
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