君に花を贈る
「あー、ほんとやだ……」

 リストに目を通しながらぼやいてたら、店の裏口で物音がした。顔を向けると、扉のすき間から花音ちゃんがひょこっと顔を出していた。

「すみません、遅くなっちゃいました」
「全然大丈夫。……来てくれて、嬉しい」

 ホッとしすぎて、泣きそうになった。
 花音ちゃんが、ふと首をかしげて納品書を差し出してきた。

「バラをお持ちしました」
「ありがとう。取りに行くよ」
「ふふ、そう言うと思って、今日は最初から台車に乗せてきたんです」

 いたずらっぽく笑って、花音ちゃんは扉を開ける。そこには台車にバラが積まれていた。

「かっこつけ損ねたな……。確認するよ」

 花音ちゃんに椅子とお茶、それからお菓子を勧めて、バラを運ぶ。
 全部水に浸けて戻ったら、花音ちゃんが顔を上げた。

「須藤さん、これって……」
 覗き込むと花音ちゃんの手にあったのは鈴美が置いていったチケットだった。
「これ、SUZUさんのですよね。フラワーアーティストの……。行かれるんですか?」
「あー、いや、もらったけど、俺は行かないから、誰かにあげようと思ってたんだ」
「えっ、そうなんですか? すごく人気の展覧会ですよね。チケット、なかなか取れないって聞いてました」
「……花音ちゃんが行くなら、あげるよ。それ」

 そう言うと、花音ちゃんは目を丸くして、俺とチケットを交互に見る。それから少し考えて、口を開いた。

「もしよかったら、一緒に行きませんか? 須藤さん、『センスをよくするには、上手だと思う作品をちゃんと見ること。あとは、いろんな作品を見ること』って言ってたじゃないですか。だから……それだけじゃないんですけど、どうでしょう?」
「……うん」

 好きな女の子に誘われて、行きたくないわけがない。でも、行けば鈴美が待ち構えてて、絡んでくるだろう。それを花音ちゃんに見られたくなかった。
 それでも、花音ちゃんに誘われたら頷いちゃうんだよなあ……!

「あの、無理にとは言わないんですけど……」

 俺の反応が微妙だったからか、花音ちゃんが困ったような顔になる。
 情けないな俺は。手を握りしめて、それからゆっくりほどく。

「いや、行く。行きたい。でも……たぶん、めちゃくちゃかっこ悪いとこ見せちゃうと思う」

 今の時点で相当かっこ悪い。うまく説明できてないし、ぐだぐだだし。

「そうですか? 今まで須藤さんの“かっこ悪いところ”を見たことがないので、なんとも言えませんが……。新しい一面が見られるってことですよね? 楽しみにしてます。これ、来週から来月いっぱいまでですけど、いつがいいですか?」

 さらっと流されてしまった。
 ……まあ、それならそれでいいか。
 鈴美に何を言われたって、花音ちゃんが隣にいてくれるなら、そんなに取り乱さないだろうし。

「ありがとう。来週のこの日が定休日なんだけど、大丈夫そう?」

 壁にかけてあったカレンダーを指さしたら花音ちゃんはすぐに頷いた。

「はい、その日なら大丈夫です。時間なんですけど――」

 約束をして、花音ちゃんを車まで送る。
 空は既に暗くなっていたけど、雲が多くて月は見えない。
 でも、目の前にいる一番星みたいな女の子が笑顔で

「来週、楽しみにしてます」

 って言ってくれるから――俺は、ちゃんと前を向いて歩いて行ける。
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