愛しのマイガール

「おはようございます、田嶋様。本日はスキンリジュビネーションのご予約でお間違いないでしょうか?」

いつものように落ち着いた声で微笑みかける。相手の目をまっすぐ見て、必要以上に詮索せず、でもちゃんと心が通うように。

田嶋様を診察室までご案内して、受付に戻ろうとしたそのときだった。背後から近づいてくる足音に振り返ると、寄ってきたのは看護師長だった。

「蓬来さん。……今日の11時、《《あの》》女優さんが来院されるって連絡が入りました」

一瞬で気持ちが引き締まる。

広告やテレビで見ない日はないほどの有名人で、私たちのクリニックでも特別なVIPとして扱われている存在。少しでも気を抜けば、すぐに空気が張り詰める相手だ。

「わかりました。ではVルームを整えておきます。前回はシャンパンゴールドのアロマがお気に入りだったはずなので、同じ香りを用意しておきますね」

言いながら、自然と頭の中が切り替わっていく。誰よりも冷静に、誰よりも先回りして。

院内の空気がピリリと張りつめていく中、心のペースだけは乱さずに段取りを整える。香り、照明の調整、飲み物の準備、動線の確保……一つずつ、丁寧に。

——そして、指定された11時ぴったり。

エントランスに現れたのは、大きなサングラスをかけた、まぎれもなく“本物”の女優だった。


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