愛しのマイガール
「るりにひとつ、頼みがある」
真剣味を帯びた声に、顔を上げる。
「明後日、一緒に出てほしいパーティーがあるんだ。月城グループの関係者が集まる非公式の懇親会。そこで君を紹介したい。“俺の婚約者”として」
月城グループ。懇親会。どれも異世界の響き。それを聞き、心臓がどくん、と強く打ったのを感じた。
「えっと……急、だね?」
ようやく絞り出した声は、完全に戸惑っていた。
「そんなに構えなくても大丈夫だ」
ハルちゃんは落ち着いた声で続ける。
「来るのは信頼のおける関係者ばかりだ。ただ行動を早めたのは、今のうちに君の立場をちゃんと示しておくことが、るりを守ることに繋がると思ったからなんだ」
その口調はいつも通り穏やかだったけれど、どこかにごくわずかな熱がにじんでいるのを、私は感じ取っていた。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わない。でも俺は、このまま名前だけの関係にする気はないよ」
……それは、彼なりの誠意であり、真剣な宣言だった。
私はしばらく黙ったまま、テーブルの上のクッキーを見つめていた。
(まだ、覚悟なんてできてない。でも——)
この申し出を、ただの“助け”で終わらせてはいけない。保身のために名前だけを借りるなんてずるいこと、ハルちゃんにはしたくない。
私が甘えることで始まったこの関係を、今度は少しでも、私から歩み寄ることができるなら。
小さく息を吸い込んで、ゆっくりと顔を上げた。
「……わかった。ハルちゃんの婚約者として、出席する」
これが“覚悟”と呼べるほど強いものじゃないのは、私自身が一番よくわかってる。
でもそれでも、応えたいと思った。少しでも、助けてもらった恩を返したくて。
視界の端がかすかに揺れていたけれど、その向こうでハルちゃんが微笑むのが見えた。
「……うん。ありがとう、るり」
その笑顔は、まるで安心したようで。
そっと握られた手は、ハルちゃんのまなざしのようにあたたかかった。