今日も推しが尊いので溺愛は遠慮いたします!~なのに推しそっくりな社長が迫ってきて!?~
「ん?」

視界の片隅に壁掛けの時計が映り込む。時計の針が想像以上に進んでいることに芽衣子は仰天する。

「ダメだ、いいかげんに寝ないと。明日は朝から会議なのに。でも次のスチル……次まで見たらちゃんと寝るから!」

イノバラが絡むとついつい自制心をなくしてしまいがち。

(こんな姿、会社の人には絶対に見せられないわ)

実際、芽衣子の乙女ゲーム好きを知っているのはSNSを通じて仲良くしているイノバラ仲間以外では妹の理衣子だけ。両親にも同僚にも内緒にしている。

翌日の金曜日。

案の定、睡眠不足でフラフラだったけれどポーカーフェイスは芽衣子の得意技だ。いつもどおりの涼しい顔で、上司である雪雅の隣に立つ。

彼の横顔は今日も一点の曇りもなく美しかった。雪雅は左目の下に小さな泣きボクロがあり、それが高潔すぎる彼の美貌にほんの少しの隙を与えている。

(目の下のホクロまでルイさんと一緒なんて、奇跡の一致すぎるよね)  

社長に就任してちょうど一年。今はもう、社内の誰も雪雅を血筋だけのゴリ押し社長とは呼ばない。とんでもなく切れる頭、ここぞというときの判断力と実行力、圧倒的な実力で彼は自身がトップにふさわしいことを証明してみせた。なにより、これだけの才気と美貌を兼ね備えながら性格もいい。物腰柔らかで決して偉ぶらず、誰に対しても公平だった。

若手社員から定年間近のベテランまで、みんなすっかり彼のファンになってしまい社内の団結力はいまだかつてないほど高まっている。

(いい上司だと仕事がしやすくてありがたいなぁ)

取引先との会議に向かう彼に付き従いつつ、芽衣子は上司に恵まれた喜びをしみじみと噛み締めた。

次の瞬間、ふいに彼が顔をこちらに向ける。

「笹原、明日のランチミーティングの時間が少し長引きそうだから、悪いが――」
「次の社内会議でしたら、社長はやや遅れるから定例報告のほうを先に済ませておくよう伝えてあります。定例報告の内容は私あてにファイルをもらいますので、移動の車中でご説明いたしますね」

彼は目を丸くして、それからふっと柔らかな笑みを浮かべた。
< 8 / 36 >

この作品をシェア

pagetop