秒でフラれたけど、魅神くんはちょっと不機嫌
「なんで俺以外の男と付き合うわけ?」
声優のようなイケボが耳元で響く。
距離が絶妙に近い。顔が近すぎて息ができない。
瞳にかかりそうな揺れる長めの前髪が触れそうになる。 不機嫌に妖艶に彼の唇は私の顔に近づく。
だいたい、ハイスペックな弁護士であり理事長の息子がなぜ私の顔に急接近してるのか意味がわからない。
なんで彼は私のことをこんなにも惑わすのか。 なんでこんなにも心臓の鼓動を早めるのか。
一言で表すとこれが動揺というのかもしれない。
人生においてこのような男性が私に恋愛感情を持って近づくことはありえない。
この状況が私の頭では理解が出来なかった。
どう見ても女性に不自由することのない容姿。 神から与えられし腹立たしいほどの美しさ。
美人の彼女を取っ替え引っ替えしていても全然おかしくないと思うんだけれど、あまり浮いた話は聞かない。
友達は広く浅くたくさんいる印象だけど、特定の誰かと親しくしている様子はない。
目の前にいるスタイル抜群なサラサラな美しい髪をなびかせた男はどうやら私に彼氏ができたという事実に不満を抱えているようだ。
嘘のような話だが本当のことらしい。いや、からかっているだけなのかもしれないし、意地悪をしているだけなのかもしれない。
ただ、私のことを好きだという男性がいたから告白をオーケーしただけなのに。彼氏いない歴年齢。もうそろそろ25歳というところか。せっかく好きだと言われたんだから受けて立たないわけにはいかない。もはや武士の精神。
この目の前の男、魅神譲治と違って私はモテるわけじゃない。
好きじゃなくても好きになってくれる人と付き合わないと一生一人だ。
そんな寂しい人生を送るくらいならば受けて立とうと交際を快諾しただけなのに。
この男は何が不満なのか。 全くもって理解できない。
不可思議の顔をする私と不機嫌な顔をする魅神。
神に与えられし整った顔立ちが間近にあるだけで、私の視線は直視できない。視線を逸らすに逸らせない。
魅神譲治は理事長の息子であり次期理事長。 しかも、弁護士資格を持つスクールロイヤーでもある。
更に、芸能事務所にも席を置き、テレビなどのメディアでもコメントをするなどの華々しい活躍ぶり。
学生時代はモデルのバイトをやっていた。学園の宣伝のためらしいけど、メディアを通したファンも多い。
複数教科の教員免許を持つため、授業をすることもある。 容姿のお陰で女子の人気ではあるのは理解できる。
しかし、彼の場合は教え方が上手いらしく、大人気の講座となっているようだ。
夏期課外では特進クラスを受け持ち予備校さながらの内容らしい。
元々地頭がいい努力家だから、それは認めよう。
私と言えば何とか就職したのがこの学園である。 大学四年生の時に、たまたま養護教諭の空きがあることを魅神に教えてもらい内定をもらった。
希望していた公立高校の採用試験に不合格だったため、他に就職もなく由緒ある母校である学園の養護教諭となった。
養護教諭は狭き門であまり新規採用がない。倍率も馬鹿高い。
高校時代の進路選択では、将来独身でも生きていけそうな学部と思い医学部を考えた。
しかし、医学部や薬学部は六年通わなければいけない。うちの家計には厳しいものだった。
結果的には看護学部を選んだ。看護師免許は取得したものの同時に取得した養護教諭になりたいと思った。
学園での教育実習で生徒と関わる、医療とは違う観点で生徒の健康を守る仕事に憧れてしまった。
ドラマで美人養護教諭が事件を解決する話に憧れたというのは口外する予定はないけど結構影響は大きかったように思う。
そもそも魅神との出会いは幼稚園から大学まであるエスカレーター式の私立高校。
由緒正しいといわれている秀奏学園にたまたま入学したことだ。
高校一年生の時に同じクラスになったというのが縁の始まりだ。
魅神は理系クラスに所属しており、三年間一緒のクラスだった。
元々理系のくせに将来学園のために文系の学部を受験したらしい。
人生において全てイージーゲーム。
金持ちで勉強ができて容姿端麗って天はこの人間に何個も才能を与えているなんて不平等極まりない。
この学園との縁は、第一志望だった公立高校の滑り止めだった。
第二希望の私立だった。特待生で入ることができ、知名度も進学率も高かったため即決した。
思えば私の人生は第二希望の連続だった。 高校受験も大学受験も就職も。
裕福ではない私は国立大学を志望したけれど、結局前期、後期と惨敗。
恋愛に関してはずっと彼氏はいないし、好きになった人と両思いになったためしはない。そういった人生なのかもしれない。
半ばあきらめモードだ。天は私には与えてくれないのだろうかとずっと惨めに思っていた。
この学園といえば裕福な家庭の子供が多く、幼稚園から大学までは相当な学費が必要なため、親の年収が物を言う。
百年以上前から続く伝統と卒業生の活躍は華々しく、医師や弁護士を筆頭に大手企業への就職率も高い。
高校時代は特待生のため、勉強一筋のメガネ女子だった。
おしゃれや彼氏などに勤しむきらびやかな生徒を横目に努力を惜しまなかった。
将来のために今勉強を頑張らないとという気持ちで、恋愛などは眼中にないようにしていた。
系列大学の看護学部に入ってからも奨学金や学費のために、魅神に紹介された大学近くの喫茶店でバイトをしていた。
時給が高く、大学から近いということもあり、結局四年間バイトを続けた。
店長が優しく、時間に融通がきくのもありがたかった。
後から知ったのだが、秀奏学園の元職員が経営している喫茶店だったらしい。
魅神はその喫茶店が気に入っていたようで、よく司法試験の勉強などをしているようだった。
勉強の合間におしゃべりをするために来ているようにも感じたが、私の勘違いだろうと思うようにしていた。
普通に考えて、彼が私なんかと話すために来るはずはない。
結果的に、大学生になっても嫌味を言われることも多々あり、ずっと顔を合わせるような生活が続いていた。
魅神は司法試験に難なく突破して、複数の教員免許まで持っており、芸能人のような仕事をしている。
女性に不自由することはないだろう。
でも、華々しさの陰には努力があり、遊ぶ時間をもったいないと思っているような節があった。
その思考は、高校時代に気づいていた。
彼は周囲には勉強していませんアピールはしていた。
適当に遊びながらも彼の参考書は隅から隅まで勉強した形跡があった。
学校のテストには出ないような部分も読み込んでいた。
地頭がいいから努力を少しすればすぐにいい点数を取れるのに。
受験期は遅くまで勉強していたようだ。眠そうにしている日が多いと感じていた。
彼は当然のようにこの学園の法学部に進学した。
本当は東大も入れる学力はあったようだけど、親がどうしても自分の学園に入れたがったという話だった。
ハイスペックな卒業生。これは、学園の質を表すためだった。
将来の理事長となるために、学園の宣伝のために芸能活動もしているとか。
自分本位じゃないんだなと感じる。
私には俺様なのに、学園のためなら犠牲になれる思考の持ち主だと私は分析していた。
努力しなくとも親の財力で生きていける人間だ。
でも、すごく努力家だということは周囲はあまり気づいてはいないようだった。
外見で好きになるという女子が多く、かっこいいからという理由で告白されていることはしょっちゅうだった。
私のことはブスな芋女と思っているようで、当然だということは理解していたけど、口論になることも割とあった。
口論内容としては、数式などの勉強に関することは多かった。
それ以外にも私に対して、勉強ばっかりでつまらなくないのかとか、もうすこしおしゃれや恋愛をすればいいとかそんなことはよく言われていた。リア充魅神の奴め。今に見ていろと思いながら、日々は過ぎていった。
高校時代。皮肉を交えた嫌味を告白している女子の前で言ったことがある。
「こいつのどこがそんなに好きなわけ? 天才とか言われているけど、努力の賜物だし、すごくないと思うけど」
こんな私に言える最大の嫌味はこんな程度だった。
その時のあいつの顔は今まで見たこともない驚いたような顔をしていた。
またある時は、外見が好みという理由で告白されており、最大限の嫌味を言ったことがある。
「こいつがおっさんになって、ハゲデブになっても好きって言えるの? もっと中身を見たほうがいいんじゃない?」
それ以来、魅神は更に絡んでくることが多くなった。
きっと悔しかったに違いないと思う。
いつもモテるのが当たり前な男子にとって、けなされることはあまりない。
いい気味だと思っていた。
美人でもおしゃれでもないことは私自身が一番よくわかっていた。だから、大学に入ってからはコンタクトデビューしてみた。
少しはおしゃれも気にするようにはなったけど、プチプラな薄化粧で服もあまり高いものは買えなかった。
御曹司とは違うから、比較しても仕方ないんだけど。
学部も違うし、バイトをしても、結局魅神と喫茶店で顔を合わせることとなり、新しい出会いもなく今に至る。
さらに言えば、この学園に就職したけど、既婚者が多く、恋の予感はゼロ。
自分の時間を大切にして、趣味を謳歌して仕事をする。
なんてすばらしい人生だなんて自分に言い聞かせていた。
そんな私に恋が訪れた途端、同級生であり、上司にあたる魅神はとても不機嫌な顔をした。
正直彼は女に不自由しているとは思えなかったし、さらに言えば女に興味もなさそうだと思っていた。
ずっと告白を断っていたので、恋愛なんて無駄だと思っているのかと思っていた。
それを急にこんなに顔を接近させて不機嫌丸出しって。
それはないんじゃないの?
もしかして、これは新手の嫌がらせだろうか。
無意識に異性として意識しないようにしていた。
顔面偏差値がとんでもなく高く、仕事もできる。
そんな相手を恋愛対象として見ることは、私のような地味で普通の女には身分相応ではないと思っていた。
よく考える。俺以外の男って言ったよね?
ってことは俺とならば付き合っていいってこと?
いやいやここは勘違いするところじゃないよね。
私、高校一年の時、この男に秒でフラれてるし。
「どういう意味か理解できないんだけど」
こちらも不機嫌丸出しで返答する。
「私みたいな美人でもない普通以下の女が交際する権利がないって言いたいわけ?」
「なんで俺以外を好きになるのかって聞いてんだよ」
どこまでも俺様口調。
昔から、口は悪くぶっきらぼうな男だ。
ただし、外面はよく、私以外の女性にはとても好感度が高い。
「世の中の女が全員あんたのことを好きだなんて勘違いも甚だしいと思うんだけど」
「流真は俺の中身を見てくれた唯一の女性だから。俺の外見だけを見なかっただろ」
魅神は明らかに照れた顔をした。
顔が桜色になっている。
なぜここで、急に赤面する?
あんたハイスペックなんだから、恋愛上級者なんじゃないの?
「流真が他の男とデートするとか付き合うとか嫌なんだよ」
照れながら、めちゃくちゃでわがままな彼の主張が発動してる。
というかこの人、御曹司だ。わがままは通常営業な人だった。
いつも意地悪でわがままなのに、なぜかずっと私のそばにいた人。
喫茶店のバイトも就職先もずっと斡旋してくれていた。
そのおかげで大学を卒業して奨学金を返せていることはありがたいことだった。
「俺のこと嫌いか?」
思った以上にストレートな問いかけに戸惑う。
「努力家だし、何でもできる人だと思うけど、恋愛対象とかありえないでしょ」
その答えにしゅんとする。
わかりやすい奴だなと思う。
「高校の時、好きだって言ってくれただろ」
確かに、入学してすぐに私は自分をわきまえずに告白まがいのことをしてしまった黒歴史がある。
でも、あまりにも女子に人気があって何でもできる彼とは雲泥の差。
「あの時、好きじゃないって私に言ったでしょ」
確かに魅神は私の人生初の告白を秒で断った。
その腹いせに天才じゃない努力家とか将来ハゲデブになったらとか言ったんだった。
もう、そのことを忘れたくて、その後はなかったこととして普通に接していた。
私が恋愛をしなくなったのはこの男に秒で断られてトラウマになったからだった。
「俺以外を好きになるなよ」
その端正な顔立ちで言われたら卒倒しそうなんだけど。
顔だけはいいんだから、ちょっとは自覚しろ。
「時効でしょ。あれは高校生の恋愛事故みたいなものだから」
自分を保たねば。期待は裏切りと紙一重なんだから。
「俺だけを好きでいろよ」
んん?
これって今現在告白されてるってことでいいのかな?
あまりにも恋愛経験が無さ過ぎて、判断に困るんですけど。
私の勘違いじゃないんだよね?
昔この人に失恋してるし。
せっかく新しい恋をしようとした矢先に、黒歴史を作ったハイスペックな男がわけのわからない邪魔をしているような。
ってこれは夢なんじゃないの?
学園で百人以上の告白を断り、モデル仲間とも友達以上の関係にならず、ファンも多数いるというイケメン弁護士がどうして私なんぞを好きになるのだろうか。そんなことは現実にはありえない。
美しい者同士が恋愛をすればいい。このひねくれた考えの根源は魅神譲治おまえだよ。
あんたのせいだろうが。この場で怒りすら覚える。
「ごめん。あの時は、外見だけで好きという女かと思って秒で断ったけど。その後、俺の努力とかすごく見てくれてたんだって知って。実は腐れ縁をわざと作ってずっとそばにいた。隠していた好意の気持ちがあった。でも、告白はできなかった。断られたら気まずいし。でも、彼氏ができるくらいなら、ちゃんと気持ちを伝える。好きだ」
えええええええええ?
もう意味が理解できません。
日本語が頭に入ってこないんだけど。
ずいぶん前から好きっていうこと?
今更告白されても。
たしかに、最初は外見で告白したかもしれないけど。
学校の勉強以外も深く学ぶ姿勢とか、人よりもずっとずっと努力家だということとか。
親思いで、学園を愛しているところとか、そういう部分がいいなって思ったんだよね。
秒で断られて、どうせモブでブスで地味ですからという殻に閉じこもりひねくれたような気がする。
「あんたのせいで、恋愛に億劫になって、自分にも自信がなくなったんだからね」
「それでいいんだよ。俺だけが流真の良さをわかってればいいんだから」
似合わない優しいセリフ。
ずっと一緒にいて初めて優しくされてる。
彼の手のひらは私の頭の後ろにあり、今、彼の胸の中に顔をうずめているという現実を受け入れられない私。
そして、彼の香りはとても爽やかで甘い香水の匂いがする。
私なんかでいいのかな?
もっと家柄のいい人とか弁護士とかモデルなどの芸能人とか選び放題なんじゃないの?
「なんで私なの?」
彼の胸の中で質問する。
「好きに理屈なんてないんだよ。俺が好きなんだから俺のものになれ」
俺様な告白。これは、受け入れるべき?
私って無意識に好きじゃないって思うようにしていただけで、本当はものすごく魅神譲治が好きだったのでは。
今更気づき赤面する。
友達という、ほど良い距離で接していることが一番リスクが低いと脳が指示していたのでは。
再確認する。彼は私にとって大好きな人だったんだ。
ただ、かなわない恋だから、気づかないふりをしていたんだ。
今更ながら、気持ちに気づく。
「好き」
ようやく出た声は震えており、かなり小さく聞き取れない。
「何? 聞こえないんだけど」
いつも通りの意地悪な顔でもう一度言えとせがむ魅神。
彼の手中にいる私を見て、少しうれしそうな顔をする。
言えない。過去のトラウマもあり、断られたらって思うと、怖くなる。
「す……き……」
この二文字、めちゃくちゃ恥ずかしくてなかなか言えない。
「聞こえないなぁ」
聞こえているくせに、やっぱり意地悪。
「大好き」
結構大きな声を絞り出す。
次の瞬間、私の唇は奪われていた。
初めての口づけは深く甘く長いものだった。
ただ口づけをする。
ずっと無意味だと思っていた行為は、思いのほか心を満たした。
彼の深い深い好きという真剣な気持ちが伝わってきた。
彼は少しばかり興奮して抑えられない様子だった。
長いキスの時間が終わるとぎゅっと抱き寄せる。私たちは世界一近い距離になった。
彼は男性なんだと改めて感じる。
彼は構わずにそのまま私の耳や首に彼の頬が触れる。
胸のほうに彼の手のひらが移動する。
愛されて気持ちいい自分をこらえた。
ここは、学園の次期理事長である魅神専用の部屋であり、神聖な仕事場だ。
こんなところで、これ以上彼を刺激させたら、まずいのではと我に返る。
「こんなところ、見られたらまずいんじゃない?」
「俺は見せつけたいけど」
普段真面目な彼にしては大胆な発言で、ドキドキの鼓動は鳴りやまない。
「この続きは、また今度だから」
少し突き放して、ここは何としても彼の暴走を止めないとと思う。
彼はようやく私から手を放す。
「じゃあ、今度はもっと気持ちいいキスするから」
きれいな瞳にすっとした鼻。
無邪気な笑顔。
よく考えたら、今度があるってことを自分で宣言してしまった。
恥ずかしい。
これは夢ではないかと思う。
って私、最近一応彼氏がいたような。
すっかり忘れてたけど。
「告白してくれた人には、ちゃんと断るから」
「よし、いい子だ」
まるでペットを扱っているかのような余裕じみた笑顔。
この人の笑顔を今、私が独り占めしてるんだよね。
彼の唇がおでこに触れる。
独占欲丸出しのわがままな人。
でも、愛おしい。
ずっと私を近くで見守ってくれた人。
私のことを一番わかってくれている人。
ずっと私が近くで見守っていた人。
彼のことを一番わかっているつもりだ。
「人を大切に思えるようになれたのは流真のおかげだから。人の外見じゃなくて本質を見るようになったのも流真がいたからだよ」
彼は少し冷静になって話し始めた。
「よく知りもしないくせに好きって言われるのにうんざりしていた。俺の何がわかるんだって。最初はそういう奴だと思って秒で断ったんだけど。俺の努力とか内面を見るべきだって言ってただろ。それから、なんとなく意識するようになった」
「そんな前から?」
高校一年生の頃かもしれない。ふられた腹いせの発言に彼がときめいていたとは予想外だ。
「同じクラスになるようにしてもらっていた。バイト先に行っていたのも話をしたかったから。仕事も一緒ならそばにいれるかなってこの学園を紹介した。ってストーカーみたいだな」
「バイトのおかげで学費も助かったし、就職できたから奨学金も返せているから。ありがとう。私みたいな普通以下の女性のこと好きになるとも思ってなかったけど」
「普通以下ってなんだよ。俺が好きになったんだから、極上にきまってるだろ」
「だって私、モデルでも弁護士でもないし」
「でも、俺の好きな人だろ」
「私でいいのかな?」
「早瀬流真しかいないって思ってるから。だから、俺のそばにいて」
「私、家庭的じゃないし、尽くすタイプじゃないけど」
「いるだけでいいんだよ。最悪生きていてくれるだけでいいって思ってるけど」
その発言。めちゃくちゃ愛されてない?
ずっと愛なんてくそくらえだと思っていたけど、愛って悪くないかも。
「俺が支えたいって思ってるし、尽くしたいって思ってる。だめか?」
「だめではないけど」
今日の彼は甘すぎてどうやって扱ったらいいのかわからない。
いつもみたいな意地悪なほうがずっと扱いやすい。
「流真に会ってなかったら、人に尽くすとかそういった気持ちにはなれなかったかもしれない。だから、ありがとう」
「私何もしてないし」
「本当は教員免許を取るつもりはなかったんだ。でも、ここは学園。勉強を教えることが基本だ。学生時代、流真に勉強を教えたことがあっただろ。感謝されて、うれしかった。理事長になったとしても、生徒に尽くしてみたいって思ったんだよ」
「私のおかげだということ?」
「あの頃は人に尽くすとかめんどくさいって思ってた。外見しか見ない人間を好きになれなかった。こっそり勉強していた努力を見ていてくれたのは流真だけだよ」
「魅神くんは定期テストや受験のためだけじゃなく、もっと深く広く勉強してるなって参考書を見てわかっていたから。天才と言われているけど、隠れた努力家だってわかってる」
「勉強してるなんて恥ずかしいとか当時は思っていて、遊んでるふりをしてたんだけどな」
確かに当時は、ちょっと悪そうな感じの雰囲気を醸し出す少し長めの髪の毛に鋭い目つきを感じていた。
仲良くしているのは、秀才高校の中でも、遊んでるような人間ばかり。
特に、私が男子としゃべってるといつもすごい睨むから更に男子と遠のいた記憶しかない。
「俺以外の男と話してるとつい、睨んでしまって悪かったな。告白しそうな男子は全力で離すように仕向けていたからな」
驚きのため息がでる。そんなに独占したかったんだろうか。
「つまり、私のことを好きだということなんだね」
確認をしてみる。やっぱり信じられないからだ。
「あぁ、めちゃくちゃ好きだ。結婚も流真以外考えられないし」
突然のプロポーズに腰が抜けそうになる。
「交際ゼロ日婚やってみる?」
笑顔の中に、緊張が垣間見れる。
「結婚なんてまだ私には早いというか」
戸惑いしかない。
好きだけど、急すぎるというか。
「どんだけ俺が片思いしてたと思ってるんだよ」
「私なんかでいいのかわからなくって。まずはデートして、手をつないでという手順が必要だと思うし」
「入籍したら、毎日がデートじゃね? まずは食事して手をつないでさ」
よくわからないまま、私たちはまずは入籍することとなり、お互いの両親に挨拶をすることになった。
「ご両親反対しないかな? 家柄とか気にしないのかな?」
「大丈夫だよ」
初めてつないだ手はとても心強くて二人で一人になったような不思議な感じがした。
「結婚式場とかウエディングドレスとか最高のものにしよう。俺が惚れた女なんだから、幸せにしたいからさ」
照れながらも懸命に言葉を選んでくれる魅神はすごく誠実で真面目で一生懸命だった。
「私と結婚して後悔するかもしれないよ」
「結婚しないほうが絶対後悔するって思ってるから」
私は、恋愛交際経験がゼロ。
しかしながら、絶望的だと思っていた結婚はできるようだ。
気が付くといつもそばにいた彼は夫として隣にいることになる。
初恋は実らないっていうけど。
こんなに時間が経ってから、実ることもあるらしい。
仕事が終わるとスーツ姿の彼が待っている。
ずっと一緒にいたけど、好きとかそういう関係じゃないと思っていた。
私には分不相応で不釣り合いだと思っていた。
お金の心配もなくなった。
彼はこれからも学園の仕事と弁護士の仕事とメディアでの仕事をこなす。
人生何が起こる変わらない。絶対に好かれないってことは思い込みなのかもしれない。
だって、ただの憎まれ口をたたかれる関係から、私たちは夫婦となることとなったのだから。
声優のようなイケボが耳元で響く。
距離が絶妙に近い。顔が近すぎて息ができない。
瞳にかかりそうな揺れる長めの前髪が触れそうになる。 不機嫌に妖艶に彼の唇は私の顔に近づく。
だいたい、ハイスペックな弁護士であり理事長の息子がなぜ私の顔に急接近してるのか意味がわからない。
なんで彼は私のことをこんなにも惑わすのか。 なんでこんなにも心臓の鼓動を早めるのか。
一言で表すとこれが動揺というのかもしれない。
人生においてこのような男性が私に恋愛感情を持って近づくことはありえない。
この状況が私の頭では理解が出来なかった。
どう見ても女性に不自由することのない容姿。 神から与えられし腹立たしいほどの美しさ。
美人の彼女を取っ替え引っ替えしていても全然おかしくないと思うんだけれど、あまり浮いた話は聞かない。
友達は広く浅くたくさんいる印象だけど、特定の誰かと親しくしている様子はない。
目の前にいるスタイル抜群なサラサラな美しい髪をなびかせた男はどうやら私に彼氏ができたという事実に不満を抱えているようだ。
嘘のような話だが本当のことらしい。いや、からかっているだけなのかもしれないし、意地悪をしているだけなのかもしれない。
ただ、私のことを好きだという男性がいたから告白をオーケーしただけなのに。彼氏いない歴年齢。もうそろそろ25歳というところか。せっかく好きだと言われたんだから受けて立たないわけにはいかない。もはや武士の精神。
この目の前の男、魅神譲治と違って私はモテるわけじゃない。
好きじゃなくても好きになってくれる人と付き合わないと一生一人だ。
そんな寂しい人生を送るくらいならば受けて立とうと交際を快諾しただけなのに。
この男は何が不満なのか。 全くもって理解できない。
不可思議の顔をする私と不機嫌な顔をする魅神。
神に与えられし整った顔立ちが間近にあるだけで、私の視線は直視できない。視線を逸らすに逸らせない。
魅神譲治は理事長の息子であり次期理事長。 しかも、弁護士資格を持つスクールロイヤーでもある。
更に、芸能事務所にも席を置き、テレビなどのメディアでもコメントをするなどの華々しい活躍ぶり。
学生時代はモデルのバイトをやっていた。学園の宣伝のためらしいけど、メディアを通したファンも多い。
複数教科の教員免許を持つため、授業をすることもある。 容姿のお陰で女子の人気ではあるのは理解できる。
しかし、彼の場合は教え方が上手いらしく、大人気の講座となっているようだ。
夏期課外では特進クラスを受け持ち予備校さながらの内容らしい。
元々地頭がいい努力家だから、それは認めよう。
私と言えば何とか就職したのがこの学園である。 大学四年生の時に、たまたま養護教諭の空きがあることを魅神に教えてもらい内定をもらった。
希望していた公立高校の採用試験に不合格だったため、他に就職もなく由緒ある母校である学園の養護教諭となった。
養護教諭は狭き門であまり新規採用がない。倍率も馬鹿高い。
高校時代の進路選択では、将来独身でも生きていけそうな学部と思い医学部を考えた。
しかし、医学部や薬学部は六年通わなければいけない。うちの家計には厳しいものだった。
結果的には看護学部を選んだ。看護師免許は取得したものの同時に取得した養護教諭になりたいと思った。
学園での教育実習で生徒と関わる、医療とは違う観点で生徒の健康を守る仕事に憧れてしまった。
ドラマで美人養護教諭が事件を解決する話に憧れたというのは口外する予定はないけど結構影響は大きかったように思う。
そもそも魅神との出会いは幼稚園から大学まであるエスカレーター式の私立高校。
由緒正しいといわれている秀奏学園にたまたま入学したことだ。
高校一年生の時に同じクラスになったというのが縁の始まりだ。
魅神は理系クラスに所属しており、三年間一緒のクラスだった。
元々理系のくせに将来学園のために文系の学部を受験したらしい。
人生において全てイージーゲーム。
金持ちで勉強ができて容姿端麗って天はこの人間に何個も才能を与えているなんて不平等極まりない。
この学園との縁は、第一志望だった公立高校の滑り止めだった。
第二希望の私立だった。特待生で入ることができ、知名度も進学率も高かったため即決した。
思えば私の人生は第二希望の連続だった。 高校受験も大学受験も就職も。
裕福ではない私は国立大学を志望したけれど、結局前期、後期と惨敗。
恋愛に関してはずっと彼氏はいないし、好きになった人と両思いになったためしはない。そういった人生なのかもしれない。
半ばあきらめモードだ。天は私には与えてくれないのだろうかとずっと惨めに思っていた。
この学園といえば裕福な家庭の子供が多く、幼稚園から大学までは相当な学費が必要なため、親の年収が物を言う。
百年以上前から続く伝統と卒業生の活躍は華々しく、医師や弁護士を筆頭に大手企業への就職率も高い。
高校時代は特待生のため、勉強一筋のメガネ女子だった。
おしゃれや彼氏などに勤しむきらびやかな生徒を横目に努力を惜しまなかった。
将来のために今勉強を頑張らないとという気持ちで、恋愛などは眼中にないようにしていた。
系列大学の看護学部に入ってからも奨学金や学費のために、魅神に紹介された大学近くの喫茶店でバイトをしていた。
時給が高く、大学から近いということもあり、結局四年間バイトを続けた。
店長が優しく、時間に融通がきくのもありがたかった。
後から知ったのだが、秀奏学園の元職員が経営している喫茶店だったらしい。
魅神はその喫茶店が気に入っていたようで、よく司法試験の勉強などをしているようだった。
勉強の合間におしゃべりをするために来ているようにも感じたが、私の勘違いだろうと思うようにしていた。
普通に考えて、彼が私なんかと話すために来るはずはない。
結果的に、大学生になっても嫌味を言われることも多々あり、ずっと顔を合わせるような生活が続いていた。
魅神は司法試験に難なく突破して、複数の教員免許まで持っており、芸能人のような仕事をしている。
女性に不自由することはないだろう。
でも、華々しさの陰には努力があり、遊ぶ時間をもったいないと思っているような節があった。
その思考は、高校時代に気づいていた。
彼は周囲には勉強していませんアピールはしていた。
適当に遊びながらも彼の参考書は隅から隅まで勉強した形跡があった。
学校のテストには出ないような部分も読み込んでいた。
地頭がいいから努力を少しすればすぐにいい点数を取れるのに。
受験期は遅くまで勉強していたようだ。眠そうにしている日が多いと感じていた。
彼は当然のようにこの学園の法学部に進学した。
本当は東大も入れる学力はあったようだけど、親がどうしても自分の学園に入れたがったという話だった。
ハイスペックな卒業生。これは、学園の質を表すためだった。
将来の理事長となるために、学園の宣伝のために芸能活動もしているとか。
自分本位じゃないんだなと感じる。
私には俺様なのに、学園のためなら犠牲になれる思考の持ち主だと私は分析していた。
努力しなくとも親の財力で生きていける人間だ。
でも、すごく努力家だということは周囲はあまり気づいてはいないようだった。
外見で好きになるという女子が多く、かっこいいからという理由で告白されていることはしょっちゅうだった。
私のことはブスな芋女と思っているようで、当然だということは理解していたけど、口論になることも割とあった。
口論内容としては、数式などの勉強に関することは多かった。
それ以外にも私に対して、勉強ばっかりでつまらなくないのかとか、もうすこしおしゃれや恋愛をすればいいとかそんなことはよく言われていた。リア充魅神の奴め。今に見ていろと思いながら、日々は過ぎていった。
高校時代。皮肉を交えた嫌味を告白している女子の前で言ったことがある。
「こいつのどこがそんなに好きなわけ? 天才とか言われているけど、努力の賜物だし、すごくないと思うけど」
こんな私に言える最大の嫌味はこんな程度だった。
その時のあいつの顔は今まで見たこともない驚いたような顔をしていた。
またある時は、外見が好みという理由で告白されており、最大限の嫌味を言ったことがある。
「こいつがおっさんになって、ハゲデブになっても好きって言えるの? もっと中身を見たほうがいいんじゃない?」
それ以来、魅神は更に絡んでくることが多くなった。
きっと悔しかったに違いないと思う。
いつもモテるのが当たり前な男子にとって、けなされることはあまりない。
いい気味だと思っていた。
美人でもおしゃれでもないことは私自身が一番よくわかっていた。だから、大学に入ってからはコンタクトデビューしてみた。
少しはおしゃれも気にするようにはなったけど、プチプラな薄化粧で服もあまり高いものは買えなかった。
御曹司とは違うから、比較しても仕方ないんだけど。
学部も違うし、バイトをしても、結局魅神と喫茶店で顔を合わせることとなり、新しい出会いもなく今に至る。
さらに言えば、この学園に就職したけど、既婚者が多く、恋の予感はゼロ。
自分の時間を大切にして、趣味を謳歌して仕事をする。
なんてすばらしい人生だなんて自分に言い聞かせていた。
そんな私に恋が訪れた途端、同級生であり、上司にあたる魅神はとても不機嫌な顔をした。
正直彼は女に不自由しているとは思えなかったし、さらに言えば女に興味もなさそうだと思っていた。
ずっと告白を断っていたので、恋愛なんて無駄だと思っているのかと思っていた。
それを急にこんなに顔を接近させて不機嫌丸出しって。
それはないんじゃないの?
もしかして、これは新手の嫌がらせだろうか。
無意識に異性として意識しないようにしていた。
顔面偏差値がとんでもなく高く、仕事もできる。
そんな相手を恋愛対象として見ることは、私のような地味で普通の女には身分相応ではないと思っていた。
よく考える。俺以外の男って言ったよね?
ってことは俺とならば付き合っていいってこと?
いやいやここは勘違いするところじゃないよね。
私、高校一年の時、この男に秒でフラれてるし。
「どういう意味か理解できないんだけど」
こちらも不機嫌丸出しで返答する。
「私みたいな美人でもない普通以下の女が交際する権利がないって言いたいわけ?」
「なんで俺以外を好きになるのかって聞いてんだよ」
どこまでも俺様口調。
昔から、口は悪くぶっきらぼうな男だ。
ただし、外面はよく、私以外の女性にはとても好感度が高い。
「世の中の女が全員あんたのことを好きだなんて勘違いも甚だしいと思うんだけど」
「流真は俺の中身を見てくれた唯一の女性だから。俺の外見だけを見なかっただろ」
魅神は明らかに照れた顔をした。
顔が桜色になっている。
なぜここで、急に赤面する?
あんたハイスペックなんだから、恋愛上級者なんじゃないの?
「流真が他の男とデートするとか付き合うとか嫌なんだよ」
照れながら、めちゃくちゃでわがままな彼の主張が発動してる。
というかこの人、御曹司だ。わがままは通常営業な人だった。
いつも意地悪でわがままなのに、なぜかずっと私のそばにいた人。
喫茶店のバイトも就職先もずっと斡旋してくれていた。
そのおかげで大学を卒業して奨学金を返せていることはありがたいことだった。
「俺のこと嫌いか?」
思った以上にストレートな問いかけに戸惑う。
「努力家だし、何でもできる人だと思うけど、恋愛対象とかありえないでしょ」
その答えにしゅんとする。
わかりやすい奴だなと思う。
「高校の時、好きだって言ってくれただろ」
確かに、入学してすぐに私は自分をわきまえずに告白まがいのことをしてしまった黒歴史がある。
でも、あまりにも女子に人気があって何でもできる彼とは雲泥の差。
「あの時、好きじゃないって私に言ったでしょ」
確かに魅神は私の人生初の告白を秒で断った。
その腹いせに天才じゃない努力家とか将来ハゲデブになったらとか言ったんだった。
もう、そのことを忘れたくて、その後はなかったこととして普通に接していた。
私が恋愛をしなくなったのはこの男に秒で断られてトラウマになったからだった。
「俺以外を好きになるなよ」
その端正な顔立ちで言われたら卒倒しそうなんだけど。
顔だけはいいんだから、ちょっとは自覚しろ。
「時効でしょ。あれは高校生の恋愛事故みたいなものだから」
自分を保たねば。期待は裏切りと紙一重なんだから。
「俺だけを好きでいろよ」
んん?
これって今現在告白されてるってことでいいのかな?
あまりにも恋愛経験が無さ過ぎて、判断に困るんですけど。
私の勘違いじゃないんだよね?
昔この人に失恋してるし。
せっかく新しい恋をしようとした矢先に、黒歴史を作ったハイスペックな男がわけのわからない邪魔をしているような。
ってこれは夢なんじゃないの?
学園で百人以上の告白を断り、モデル仲間とも友達以上の関係にならず、ファンも多数いるというイケメン弁護士がどうして私なんぞを好きになるのだろうか。そんなことは現実にはありえない。
美しい者同士が恋愛をすればいい。このひねくれた考えの根源は魅神譲治おまえだよ。
あんたのせいだろうが。この場で怒りすら覚える。
「ごめん。あの時は、外見だけで好きという女かと思って秒で断ったけど。その後、俺の努力とかすごく見てくれてたんだって知って。実は腐れ縁をわざと作ってずっとそばにいた。隠していた好意の気持ちがあった。でも、告白はできなかった。断られたら気まずいし。でも、彼氏ができるくらいなら、ちゃんと気持ちを伝える。好きだ」
えええええええええ?
もう意味が理解できません。
日本語が頭に入ってこないんだけど。
ずいぶん前から好きっていうこと?
今更告白されても。
たしかに、最初は外見で告白したかもしれないけど。
学校の勉強以外も深く学ぶ姿勢とか、人よりもずっとずっと努力家だということとか。
親思いで、学園を愛しているところとか、そういう部分がいいなって思ったんだよね。
秒で断られて、どうせモブでブスで地味ですからという殻に閉じこもりひねくれたような気がする。
「あんたのせいで、恋愛に億劫になって、自分にも自信がなくなったんだからね」
「それでいいんだよ。俺だけが流真の良さをわかってればいいんだから」
似合わない優しいセリフ。
ずっと一緒にいて初めて優しくされてる。
彼の手のひらは私の頭の後ろにあり、今、彼の胸の中に顔をうずめているという現実を受け入れられない私。
そして、彼の香りはとても爽やかで甘い香水の匂いがする。
私なんかでいいのかな?
もっと家柄のいい人とか弁護士とかモデルなどの芸能人とか選び放題なんじゃないの?
「なんで私なの?」
彼の胸の中で質問する。
「好きに理屈なんてないんだよ。俺が好きなんだから俺のものになれ」
俺様な告白。これは、受け入れるべき?
私って無意識に好きじゃないって思うようにしていただけで、本当はものすごく魅神譲治が好きだったのでは。
今更気づき赤面する。
友達という、ほど良い距離で接していることが一番リスクが低いと脳が指示していたのでは。
再確認する。彼は私にとって大好きな人だったんだ。
ただ、かなわない恋だから、気づかないふりをしていたんだ。
今更ながら、気持ちに気づく。
「好き」
ようやく出た声は震えており、かなり小さく聞き取れない。
「何? 聞こえないんだけど」
いつも通りの意地悪な顔でもう一度言えとせがむ魅神。
彼の手中にいる私を見て、少しうれしそうな顔をする。
言えない。過去のトラウマもあり、断られたらって思うと、怖くなる。
「す……き……」
この二文字、めちゃくちゃ恥ずかしくてなかなか言えない。
「聞こえないなぁ」
聞こえているくせに、やっぱり意地悪。
「大好き」
結構大きな声を絞り出す。
次の瞬間、私の唇は奪われていた。
初めての口づけは深く甘く長いものだった。
ただ口づけをする。
ずっと無意味だと思っていた行為は、思いのほか心を満たした。
彼の深い深い好きという真剣な気持ちが伝わってきた。
彼は少しばかり興奮して抑えられない様子だった。
長いキスの時間が終わるとぎゅっと抱き寄せる。私たちは世界一近い距離になった。
彼は男性なんだと改めて感じる。
彼は構わずにそのまま私の耳や首に彼の頬が触れる。
胸のほうに彼の手のひらが移動する。
愛されて気持ちいい自分をこらえた。
ここは、学園の次期理事長である魅神専用の部屋であり、神聖な仕事場だ。
こんなところで、これ以上彼を刺激させたら、まずいのではと我に返る。
「こんなところ、見られたらまずいんじゃない?」
「俺は見せつけたいけど」
普段真面目な彼にしては大胆な発言で、ドキドキの鼓動は鳴りやまない。
「この続きは、また今度だから」
少し突き放して、ここは何としても彼の暴走を止めないとと思う。
彼はようやく私から手を放す。
「じゃあ、今度はもっと気持ちいいキスするから」
きれいな瞳にすっとした鼻。
無邪気な笑顔。
よく考えたら、今度があるってことを自分で宣言してしまった。
恥ずかしい。
これは夢ではないかと思う。
って私、最近一応彼氏がいたような。
すっかり忘れてたけど。
「告白してくれた人には、ちゃんと断るから」
「よし、いい子だ」
まるでペットを扱っているかのような余裕じみた笑顔。
この人の笑顔を今、私が独り占めしてるんだよね。
彼の唇がおでこに触れる。
独占欲丸出しのわがままな人。
でも、愛おしい。
ずっと私を近くで見守ってくれた人。
私のことを一番わかってくれている人。
ずっと私が近くで見守っていた人。
彼のことを一番わかっているつもりだ。
「人を大切に思えるようになれたのは流真のおかげだから。人の外見じゃなくて本質を見るようになったのも流真がいたからだよ」
彼は少し冷静になって話し始めた。
「よく知りもしないくせに好きって言われるのにうんざりしていた。俺の何がわかるんだって。最初はそういう奴だと思って秒で断ったんだけど。俺の努力とか内面を見るべきだって言ってただろ。それから、なんとなく意識するようになった」
「そんな前から?」
高校一年生の頃かもしれない。ふられた腹いせの発言に彼がときめいていたとは予想外だ。
「同じクラスになるようにしてもらっていた。バイト先に行っていたのも話をしたかったから。仕事も一緒ならそばにいれるかなってこの学園を紹介した。ってストーカーみたいだな」
「バイトのおかげで学費も助かったし、就職できたから奨学金も返せているから。ありがとう。私みたいな普通以下の女性のこと好きになるとも思ってなかったけど」
「普通以下ってなんだよ。俺が好きになったんだから、極上にきまってるだろ」
「だって私、モデルでも弁護士でもないし」
「でも、俺の好きな人だろ」
「私でいいのかな?」
「早瀬流真しかいないって思ってるから。だから、俺のそばにいて」
「私、家庭的じゃないし、尽くすタイプじゃないけど」
「いるだけでいいんだよ。最悪生きていてくれるだけでいいって思ってるけど」
その発言。めちゃくちゃ愛されてない?
ずっと愛なんてくそくらえだと思っていたけど、愛って悪くないかも。
「俺が支えたいって思ってるし、尽くしたいって思ってる。だめか?」
「だめではないけど」
今日の彼は甘すぎてどうやって扱ったらいいのかわからない。
いつもみたいな意地悪なほうがずっと扱いやすい。
「流真に会ってなかったら、人に尽くすとかそういった気持ちにはなれなかったかもしれない。だから、ありがとう」
「私何もしてないし」
「本当は教員免許を取るつもりはなかったんだ。でも、ここは学園。勉強を教えることが基本だ。学生時代、流真に勉強を教えたことがあっただろ。感謝されて、うれしかった。理事長になったとしても、生徒に尽くしてみたいって思ったんだよ」
「私のおかげだということ?」
「あの頃は人に尽くすとかめんどくさいって思ってた。外見しか見ない人間を好きになれなかった。こっそり勉強していた努力を見ていてくれたのは流真だけだよ」
「魅神くんは定期テストや受験のためだけじゃなく、もっと深く広く勉強してるなって参考書を見てわかっていたから。天才と言われているけど、隠れた努力家だってわかってる」
「勉強してるなんて恥ずかしいとか当時は思っていて、遊んでるふりをしてたんだけどな」
確かに当時は、ちょっと悪そうな感じの雰囲気を醸し出す少し長めの髪の毛に鋭い目つきを感じていた。
仲良くしているのは、秀才高校の中でも、遊んでるような人間ばかり。
特に、私が男子としゃべってるといつもすごい睨むから更に男子と遠のいた記憶しかない。
「俺以外の男と話してるとつい、睨んでしまって悪かったな。告白しそうな男子は全力で離すように仕向けていたからな」
驚きのため息がでる。そんなに独占したかったんだろうか。
「つまり、私のことを好きだということなんだね」
確認をしてみる。やっぱり信じられないからだ。
「あぁ、めちゃくちゃ好きだ。結婚も流真以外考えられないし」
突然のプロポーズに腰が抜けそうになる。
「交際ゼロ日婚やってみる?」
笑顔の中に、緊張が垣間見れる。
「結婚なんてまだ私には早いというか」
戸惑いしかない。
好きだけど、急すぎるというか。
「どんだけ俺が片思いしてたと思ってるんだよ」
「私なんかでいいのかわからなくって。まずはデートして、手をつないでという手順が必要だと思うし」
「入籍したら、毎日がデートじゃね? まずは食事して手をつないでさ」
よくわからないまま、私たちはまずは入籍することとなり、お互いの両親に挨拶をすることになった。
「ご両親反対しないかな? 家柄とか気にしないのかな?」
「大丈夫だよ」
初めてつないだ手はとても心強くて二人で一人になったような不思議な感じがした。
「結婚式場とかウエディングドレスとか最高のものにしよう。俺が惚れた女なんだから、幸せにしたいからさ」
照れながらも懸命に言葉を選んでくれる魅神はすごく誠実で真面目で一生懸命だった。
「私と結婚して後悔するかもしれないよ」
「結婚しないほうが絶対後悔するって思ってるから」
私は、恋愛交際経験がゼロ。
しかしながら、絶望的だと思っていた結婚はできるようだ。
気が付くといつもそばにいた彼は夫として隣にいることになる。
初恋は実らないっていうけど。
こんなに時間が経ってから、実ることもあるらしい。
仕事が終わるとスーツ姿の彼が待っている。
ずっと一緒にいたけど、好きとかそういう関係じゃないと思っていた。
私には分不相応で不釣り合いだと思っていた。
お金の心配もなくなった。
彼はこれからも学園の仕事と弁護士の仕事とメディアでの仕事をこなす。
人生何が起こる変わらない。絶対に好かれないってことは思い込みなのかもしれない。
だって、ただの憎まれ口をたたかれる関係から、私たちは夫婦となることとなったのだから。


