薔薇の花言葉 [サファイア・ラグーン2作目]

[再会] -3-*

 そして来たるべき次の日、トロールのご主人が約束した十一時の一時間前には、急かす彼女に連れられて港の片隅に座り込んでいた。



「やっぱりちょっと早かったんじゃないの? 未だ来やしないよ」

 僕は大あくびをして、隣でそわそわとご主人がやって来るであろう方角を凝視するトロールを見上げた。
 昨夜はあれから両親の話を反芻(はんすう)している内に、ほとんど眠れないまま夜が明けてしまったのだ。

「そりゃあそうだけど……あたいのCARO(カーロ)(親しい人のこと)が到着した時、あたいが見えなかったら寂しく思うじゃないか! あぁ、あたいのこと、ちゃんと見つけてくれるだろうねぇ」

 相変わらずの派手な衣装にこのがたいなのだから、見つけられない訳がない、と言いたいところだったが、何とか喉元に押しやり、彼女の心配に付き合うこと三十分。待ち合わせよりも早い到着でトロールは熱い抱擁を受け──いや、受けたのはご主人か。彼は背丈も背幅もトロールに負けていたが、僕に挨拶する表情は喜びと愛情に溢れていた。

「あら、お先に着いちゃったのね。トロールの荷物運んできたわよ」

 約束した時刻にやって来た両親の荷馬車には、何とも大仰な荷箱が幾つも重なり合っていた。



「こんなに持っていくの!?」
「シチリアでは手に入らない物もあるんでね。それじゃ二日後を楽しみに待ってるよ」
「え……?」

 ──二日後?

「あ? あれ? ジョエルには未だ伝えていなかったかしら? アメルは?」

 急にあたふたと始めた母さんは、後ろで荷を運ぶ父さんを振り返った。

「いや……てっきりルーラが話したものだと……」
「一体何なのさ」

 少し気分を害した僕は、それでも引きつった笑いを保ちながら答えを待った。母さんのおっちょこちょいはいつものことだ。もう慣れている。

「えっと、遅くなってごめんなさい……明後日のトロールの結婚式に出席するのよ」

 母さんが舌を出して僕へ告げる。トロールは隣で呆れたように腕を組んだ。

「シチリアでの結婚式? 本当!? トロールのウェディングドレス姿が見られるの?」

 それを聞いて興奮した僕の言葉に母さんは(うなず)いて、けれどそれを想像した僕達は、思わず込み上げる笑いを止められなかった。

「あんた達親子はぁ……! 今何を想像して吹き出したのか言ってごらん!」

 言わずもがな、トロールのドレス姿。とは誰も言うまい。

 追いかけ回すトロールに逃げる母さんと僕。もちろんどの口元にも笑いが絶えることはなかった。そして僕はそれがいつまでも続くことを、願わずにはいられなかった──。



 ◇ ◇ ◇



「ジョエル! ジョエル!! 早く起きて、遅刻よ!」

 更にその翌朝は母さんの慌てる声が響き渡って始まった。遅刻って……今は夏休みだし、トロールの結婚式は明日だし……一体何の騒ぎなんだか。

「ほら、早くっ! 父さんの準備はもう出来てるのよ!」

 ──父さん……の準備?

 僕はこの前の夜の、トロールから聞かされた話も手伝って寝不足が続いていた。母さんの(せわ)しない声から察するに、起きる必要があることは感じられるが、身体が言うことを聞かない。

「もうっ、(しぼ)んじゃう前に持っていかないと、明日の結婚式に連れていかないわよ!」

 ──萎む……?

「何……の話……? 持っていくって……何処に……?」

 ようやく身体を回転させて母さんの方を向き、(かす)む視界にふくれっ面がぼんやり映ったが、それはみるみる内に蒼褪めて、

「あらっ? やだ……また言い忘れてた!? ごめん~ジョエル……とにかく支度して!」

 ──また、母さんのおっちょこちょいか。

 僕は観念したように気だるく半身を起こし、母さんがクローゼットから取り出して、ベッドに並べた僕の着るべき衣装を見下ろし、一瞬固まった。

 ──これ……明日の結婚式と間違っている訳じゃないよね?

 其処に用意されたのは礼服──僕の一張羅だったからだ。

「早く早くっ! 式が始まる前に渡してほしいのよ!」

 仕方なく袖を通して支度を始めたが、全く訳が分からない。尋ねる間もなく母さんは部屋を飛び出してしまい、僕は洗面台で一通りのことを終え、上着を羽織ってリビングに移動した。

「やっぱりちゃんとした格好をすると見違えるわねーっ。じゃ、これをアモールへ届けてね」
「えっ……?」

 ──薔薇……の花束……?

「えーっ!? 嘘っ、嫌だよ、こんな格好して花束持って港まで行くなんて!」

 僕は手渡された花束を突き返しながら叫んだ。黄色とオレンジの中間色の、五十本はあろうかという大きな花束。アモールに? あ……そうか、今日はモカの十六歳の誕生日。そして結界の外へ出る自由を得られる成人式当日だ。



「姉様と約束したのよっ。もちろんルラの石は貸してあげるから。式にも出席してと言われてるの。光栄に思いなさい」

 母さんは父さんに目配せをして、深く腰かけたソファから立ち上がった父さんは、僕の腕を引き外へ出た。結局は二人のペースに呑み込まれるのだ。諦めるしかない。

「皆に宜しくね……ティアラにも」

 ──ティアラ?

 母さんはそう伝えてルラの石を僕の首に架け、そして頬にキスをした。

 何故ティアの名前だけを出したのかが不可解極まりなかったが、僕はそんな母さんを振り返りつつ、父さんに連れられ丘を下った。


 ***


「ほらっ……やっぱり」

 僕達は市場を抜けながら港を目指していたが、案の定街中の好奇の眼に(さら)され、顔から火が出そうな勢いだった。

「何とでも言わせておけばいいさ。明日もこの格好で港まで行く訳だし」

 父さんは動じた風もなく隣を歩いている。父さん自身は普段の格好で、花束も抱えていないのだから気にする必要もないか。

「だって……明日は花束はないでしょ?」
「いや……トロールにも用意するって言ってたよ。今度は濃い目のピンクだとか」
「えーっ……」

 すぐさま表したげんなりする顔を見て、父さんはぷっと吹き出した。

「いつもは気障なお前でも、さすがに照れるんだな」
「え……あ、だって……」
「?」

 僕はそのまま口をつぐんで、歩を進める自分のつま先を見つめた。照れてるんじゃない。こんな正装をして、女性に花を差し出すのなら──出来れば最初はティアであってほしいと思ったからだった──。






◇やーっとタイトルの『薔薇』が登場致しました(汗)。
 そして次話にて、一章より出番のないヒロイン ティアラが登場致します(大汗)!
 彼女の半身イラストも入れますので、どうぞお楽しみに(?)していてくださいませ~!!


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