末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第一章 アイザックの懇篤②

「ちょっと、押さないでよ!」

「セシルがもう少し横にどけばいいだけだろう」

「おい、静かに。クレアに聞こえるぞ」



 三人の兄達が扉の向こうで言い合う姿が目に浮かび、クレアは慌てて立ち上がった。出入り口の前まで来て、外に向かって声を掛ける。



「お兄様方、今扉を開けますので、おさがり下さい」



 ガチャッとドアノブを回すと、真っ先に扉の隙間から顔を覗かせたのはセシルだった。三つ子で顔は皆同じはずなのだが、その可愛らしさと愛嬌は、他の兄達にはない魅力だ。



「やぁクレア。元気にしてる?」

「このところ部屋に籠もってばかりだから、皆心配していてね」



 アイザックが大きく扉を開けて言い、ブレットがモノクルの紐に指を掛けながら続ける。



「放っておけずに、お邪魔することにしたんだ」

「ご心配をお掛けしてしまって……。身体のほうは、別になんともありませんわ。ただ」

「ボク達の誰を選ぶかで、悩んでたんだよね?」



 セシルが軽く首をかしげて、クレアは目を瞬かせた。

 別に忘れていたわけではないが、兄達からのプロポーズについては、すっかり頭の片隅に追いやられていた。出生の秘密に比べれば、とても些細な、というよりもほとんど冗談のように感じられて、真剣に考えるべきことだとは思えなかったのだ。



「いえ、あの、そういうわけでは」

「別に照れなくて良いんだよ?」



 セシルが愛らしく言うが、クレアは正直に首を左右に振った。



「申し訳ありません、結婚のことより、自分の出自のことで思い悩んでいたものですから」

「何を悩むことがある? 僕達にとっては、兄妹という事実は枷でしかなかったのに」



 ブレットが心底不思議そうにしているので、アイザックが窘めるように言った。



「クレアにとっては、父上と母上の娘であることはとても大事だったんだろう。理想の夫婦だったようだからね」

「理想の夫婦かぁ。ボクはクレアと共鳴し合えたら、それで十分だけど。音楽を通して対話するっていうかさ」



 セシルが夢見るような瞳で口を挟み、ブレットは首をかしげる。



「なんだそれは。意味がわからん」

「いや、わかるでしょ? 音楽はコミュニケーションツールのひとつだし、美しい旋律に共感して、同時に感動することもあるじゃない」



 頬を膨らませたセシルを見て、ブレットは顎に手を添えて考え込んだ。どうにか弟を理解しようと頑張っているらしい。



「つまり、価値観を共有したいということか?」

「まぁそうとも言えるね」



 セシルは軽くうなずき、ブレットは脱力して言った。



「ならば最初からそう言えばいいだろう。共鳴とか感動とか言うから、わけがわからなくなるんだ」

「小難しい言葉じゃ、伝わらないこともあるんだよ」



「何も難しくはないし、難しい言葉を使えとも言っていない。相手に理解されたいなら、その時々で相応しい言葉があると言っているだけだ」

「理解できないのは、ブレット兄様だけだよ。ねぇクレア?」



 急に話を振られ、クレアはドギマギしながら答える。



「あ、えっと、お母様も音楽には人を繋ぐ力があると、おっしゃっていました。心を通わせる方法のひとつとして音楽がある、というセシル兄様のお気持ちはよくわかりますわ」



 セシルはほら見ろと言わんばかりで、ブレットは悔しそうに顔をゆがめる。クレアはそんなふたりの様子を見て、慌てて付け加えた。



「その、ブレット兄様のお考えも決して間違ってはいないと思いますわ。端的な言葉を使えば誤解が減らせますし、情報の伝達もスムーズに行われますから」



 クレアのフォローを受けて、ブレットは堂々と胸を張る。



「そういうことだ。やはりクレアは僕のことを、よく理解してくれている」



 ふたりの諍いがうまく収まってクレアがホッとしていると、アイザックがこちらを見て微笑んでいるのに気づいた。何も言わないけれど、弟達の間に入るのはいつも彼の役目だから、彼女の気遣いに感謝の意を表しているのだろう。



 アイザックのそういう押しつけがましくない優しさに、クレアはいつも安心感を覚えてきた。彼が控えていてくれると思うと、勇気を出して主張したり、行動したりできるのだ。



「文句があるなら、ブレット兄様の理想の夫婦像も教えてよ」



 セシルはまだやり合うつもりなのか、口をとがらせて言った。ブレットはその言葉を待っていたらしく、水を得た魚のように話し始める。



「僕にとっての理想の夫婦とは、ずばり安定だ。これは結婚にも言えることなんだが、経済面は当然として、社会的にもそうだし、感情においても安定は重要になってくる。困難に遭遇すれば、誰しも精神状態が悪化するものだからな。お互いを支え合うことで夫婦の結びつきが」

「長い!」



 延々と話し続けるブレットを、セシルが勢いよく止めた。



「大体わかったから、もういいよ。じゃあ次、アイザック兄様は?」



 ブレットはまだ話したりないようだったが、セシルに苦言を呈するでもなく、共にアイザックのほうを向いた。長兄の考えはどうしても気になるのだろう。



 それはクレアも同じだった。先ほどから我がことのようには考えられないのだが、アイザックの結婚観には興味がある。



「俺は、そうだな……」



 六つの瞳に見つめられて、アイザックは少し照れているようだ。若干顔を赤くしながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。



「やはり信頼、じゃないかな。お互いの意見を尊重し合わないと、良好な関係は築けない。その積み重ねが、夫婦の絆を深めていくんだと思う」



 アイザックらしい誠実な回答に、誰もが感心して黙り込んだ。皆が急に静かになったので、彼は戸惑うように頬を掻く。
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