末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第一章 アイザックの懇篤③

「俺、何かおかしなことを言ったかな?」

「いえ、さすがアイザック兄様だと、恐れ入っていたのです。僕ももう少し、視野を広く持つ必要がありそうですね」



 ブレットが少し悔しそうだったからか、アイザックが弟の肩を軽く叩く。



「そう謙遜しなくていいさ。俺はブレットの考えも素晴らしいと思うぞ。クレアを必ず幸せにするという、強い責任を感じる」

「ボクは? ボクはどうです?」



 セシルがハイハイと手を上げ、アイザックは優しく答える。



「もちろんセシルの考えも大切だ。円滑なコミュニケーションは、夫婦の基本だからな」



 アイザックに褒められ、セシルは満足そうだ。

 それぞれが真剣に結婚について考え、自分なりの答えを出している。そんな兄達の気持ちを、クレアは真面目に取り合っていたとは言えず、ちくちくと胸が痛んだ。



「申し訳ありません、お兄様方。結婚についてはまだ、何も考えていないのです。自分でもどうしたらいいかわからなくて」



 項垂れるクレアに、セシルが明るく笑って見せた。



「クレアはさっきから、謝ってばっかりだね。ボクはもちろん、アイザック兄様やブレット兄様だって、クレアを焦らせるつもりなんてないのに」

「そうだよ、クレア。今後のクレアへの縁談は、全て断るよう父上には頼んであるし、じっくり考えてくれればいいんだ」



 まるでクレアが兄達の中から結婚相手を選ぶと、アイザックは確信しているみたいだ。彼女はその自信がどこから来るのかと訝しむ。



「どうして私が、他家に嫁がないとわかるのです?」

「だってクレアは、こんなにもオークレントを愛してるじゃないか」



 さも当然のようにアイザックが言い、彼がいかにクレアをよく理解しているかを知った。



「ではこれまでの縁談を、私が断ってきたのも」

「オークレントを去りがたかったからだろう?」



 話に割って入ったブレットが、訳知り顔をして続ける。



「まぁクレアが本気で嫁ぐなんて言い出していたら、相手の素行を隅々まで徹底的に調べ上げて、場合によっては破談に持ち込んでいたがな」



 ブレットが言うと全くジョークには聞こえないが、それだけクレアを心配し、彼女の将来を気遣ってくれているのだろう。



「ありがとうございます。お兄様方のお気持ちは、とても、その、嬉しくはあるんです」

「ならば今は、それで十分だよ。俺達はいつまでだって待てるんだからね」



 アイザックが優しく微笑んでくれ、クレアはホッとする。



 たとえ本当の兄妹でなくても、これまで共に過ごしてきた時間は確かなものだ。さっきアイザックが言ったように、積み重ねによって築かれた関係は簡単に揺らぎはしない。



 ディアナが亡くなってから、クレア達は悲しみを乗り越え、お互いを支え合ってきた。血縁よりも強い絆は確かにあるし、生物学的には他人であっても信頼しあうことはできる。



 今すぐに受け入れられる事実ではないが、時間がクレアを助けてくれるだろう。これまでだって、そうして家族の繋がりを深めてきたのだから。



「クレアの顔もやっと明るくなったようだし、俺達も本格的にアプローチしなきゃな」



 嬉しそうなアイザックを見て、ブレットが顎に指先を添える。



「アプローチをするなら、フェアに行きましょう。抜け駆けはいけません」

「いいけど、どうするの? 順番でも決める?」



 セシルが尋ね、アイザックが弾む声で答える。



「ならば年長者が優先だな」

「いやいや、年齢は一緒でしょ」

「それでも長兄なのだから、俺が先行で良いと思うが」



 アイザックの言葉にブレットも一応うなずき、セシルは「えー、じゃあボクが最後?」とぶつぶつ文句を言う。



「不満があるなら、何か軽い勝負をしてもいいが」



 アイザックは譲歩する姿勢を見せたけれど、セシルは首を左右に振った。



「別にいいよ。かえって好都合かもしれないし」

「何か思惑でもあるのか?」

「まぁね。でもそれを言う必要はないでしょ? ボクだって、クレアにアピールする方法をいろいろ考えてるんだから」



 セシルの挑戦的な瞳に、アイザックは少し怯む。こんなことで兄達の関係がこじれたらと、クレアは気が気ではなく、仲裁しようかと口を開き掛けたところで、ブレットが深刻そうに言った。



「その前にひとつ、確認しておきたいことがあるんだが」

「なんだブレット。改まって」



 アイザックが顔を引き締め、ブレットを見つめる。



「父上の話では、クレアは赤子の時にエドワーズ家に引き取られたらしい。これは母上が僕達を産んだ翌年のことで、かなり負担があっただろうと考えられる」

「ちょ、ブレット兄様、一体何を言うつもりなの」

「事実は事実として、ハッキリさせておいたほうがいいだろう? 母上は決して身体が強いほうではなかったし、クレアの存在が母上の健康に影響を及ぼした可能性も」

「ブレット! 止めるんだ」



 アイザックが遮ったが、クレアの目からはすでに涙が溢れていた。ずっと泣くのを我慢していたが、ブレットに現実を突きつけられて、もう堪えることができなかったのだ。



 っく……ひ、っく……



 嗚咽を漏らすクレアを見て、一番動揺していたのは当のブレットだった。彼には彼女を責めるつもりなど毛頭なく、ただの事実確認のつもりだったのだろう。



 しかしクレアにはブレットの意図などわからない。彼の指摘に思い至らなかったことに傷つき、自責の念で頬を濡らすばかりだ。



「母上の死とクレアは無関係だ。仮に多少影響があったとしても、クレアが責任を感じるようなことじゃない」



 震えながら涙を流すクレアの肩を抱き、アイザックは悲痛な顔で続ける。



「そもそも母上がどれだけクレアを愛していたか、ブレットだってよく知っているだろう」

「申し訳ありません、アイザック兄様」



 まだ混乱しているらしいブレットは、どうにかそう謝罪した。アイザックはクレアから離れて、ため息をつく。



「謝るならクレアが先だろ」

「いえ、いいんです。ブレット兄様が間違ったことをおっしゃったわけではありません」



 クレアの言葉を受けて、ブレットはさらに困惑してしまったようだった。眉間に深い皺を刻み、黙り込んだまま腕を組んでいる。



「とにかく事実がどうであれ、俺のクレアへの愛は変わらない」

「ボクもだよ!」



 セシルがニコッとクレアに笑いかけ、ブレットのほうに冷たい視線を向ける。



「ブレット兄様が下りたいならどうぞ。ボクはライバルが減って、むしろありがたいくらいだよ」

「僕だって、下りる気はない」



 ブレットがセシルを睨んだので、アイザックは両手を腰に当てて言った。



「だったらクレアとゆっくり話し合うんだな」

「……わかりました」

「さて、と、今日は良い天気だ。良かったら港にでも行かないか?」



 アイザックは悪くなった空気を変えようとしてくれているのだろう。クレアは急いで涙を拭い、意識して口角を上げた。



「ぜひご一緒したいですわ」

「僕も行きます」



 ブレットが即答したのは、なんとか挽回しようという気持ちからかもしれない。一方セシルは含み笑いをしながら、「僕はいいや」と言った。



「他にやることがあるからね」



 先刻の話もそうだが、セシルなりの計画があるようだ。アイザックは気になるようだが、問い詰めるわけにもいかず肩をすくめる。



「わかったよ。じゃあ三人で行くとするか」
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