野いちご源氏物語 二九 行幸(みゆき)
姫君(ひめぎみ)の本当の父親が内大臣(ないだいじん)様でいらっしゃるという秘密は、いつのまにか()れてしまった。
世間って本当に(くち)さがないのよね。
近江(おうみ)(きみ)のお耳にも入った。
ぷんすか怒って、よりによって女御(にょうご)様のお部屋へやっていらっしゃったの。

父君(ちちぎみ)に新しい娘ができたそうでございますね。おめでたいことですが、父君だけでなく源氏(げんじ)(きみ)にもお世話されるなんて、どれほど幸運な人なのでございましょう。聞くところによればその人の母君(ははぎみ)だって、私の母君と同様に身分の低い人だというではございませんか」
女御様は驚きあきれて何もおっしゃらない。
御前(ごぜん)でお仕えしていた内大臣様のご長男がたしなめなさる。
「大切にされるだけの理由のある方なのでしょう。いったい誰から聞いて、こんなところで大声でおっしゃるのです。女房(にょうぼう)たちが聞いていますよ」

兄君(あにぎみ)はお(だま)りください。私は全部知っているのです。尚侍(ないしのかみ)になるそうですよ。私が女御様のところで働きはじめたのは、いずれ女官(にょかん)にしてくださるだろうと期待したからです。ふつうの女房がやらない仕事までしているのに、新しく出てきた人に(さき)()されるなんて、女御様はひどい」
思いもよらない(うら)(ごと)を聞かされて、皆様苦笑いなさる。

兄君がからかっておっしゃる。
「おや、尚侍(ないしのかみ)が足りていないなら、私が立候補したかったのに」
近江の君はますます怒って、
「こういうご立派な方たちのなかに、育ちの悪い私などが入りこんではいけなかったのですね。兄君は薄情(はくじょう)でいらっしゃる。あんなに丁寧に迎えにきておいて、軽んじて馬鹿(ばか)になさるのですから。中途半端な人ではとてもやっていけないお屋敷ですこと。あぁ、恐ろしい恐ろしい」
それだけおっしゃると、お部屋の(はし)まで戻って皆様をにらみつけなさった。
(にく)たらしいご表情というわけではないけれど、()じりをきっと上げて腹を立てていらっしゃる。

ご長男は神妙(しんみょう)に反省なさる。
<それももっともだ。私がよく調べもせず連れてきてしまったばかりに>
弟君(おとうとぎみ)皮肉(ひにく)(まじ)えてとりなされた。
「あなたのお働きは女御様もよくお分かりですよ。落ち着いていらっしゃい。その威勢(いせい)のよさなら、きっとお望みが(かな)う日も参りましょう。まるで天照(あまてらす)大神(おおみかみ)のようでいらっしゃる」
「天照大神でいらっしゃるなら、神話(しんわ)のように岩戸(いわと)に引きこもっていていただきたいが」
ご長男は小声でつぶやかれると席をお立ちになった。

姫君はほろほろとお泣きになる。
「兄君たちまで私に冷たくなさいますが、女御様のお(なさ)(ぶか)さを信じてこれからもお仕えいたします」
そう言うと、下働きの者でさえ手が回らない雑用(ざつよう)を積極的になさるの。
走り回って真心(まごころ)をこめてお仕えしては、
「私を尚侍(ないしのかみ)にご推薦(すいせん)ください」
と女御様にお願いなさる。
<本気でそんなことを申すのだろうか>
女御様はあきれて何もおっしゃらない。
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