逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。




ガラス張りの天井から降り注ぐ、午後の光を浴びてキラキラと輝くセオドア様は相変わらず美しい。
だが、美しいのは見た目だけで中身は悪魔のような男なので、油断してはいけない。



「気に入ったものばかり食べて貧乏くさいね。男爵令嬢が聞いて呆れる」



ほら、やっぱり。

鼻でフッと笑い、美しい所作でスッと紅茶を飲むセオドア様に心の中でため息を漏らす。

ああ、この見た目のまま彼が天使だったらどんなによかったか。
もしセオドア様が天使だったのなら、こんなにも四方八方嫌がらせだらけにはならなかっただろうに。



「…ここのクッキーとても美味しいので」

「ふーん。プレーン以外は何が好き?」

「えっと…。マーブルも好きですし、柑橘系のもの美味しいですよね」

「…はっ、何でも好きなんじゃないか。男爵家でろくなもの食べてないんだね」

「…」



そんなことない、と反論したいところだが、もちろんできるはずもなく。
確かにセオドア様にとっては、ろくなものではないかもしれないが、お母様が作る限られた食材での料理はどれもとても美味しかった。
クッキーだって、数ヶ月に一度だったが、私が好きだからとよく焼いてくれた。
ここのものとは違う味だが、お母様のものはお母様のものでとてもよかった。

まあ、こんなことを言えばセオドア様が機嫌を損ねるだけなのでもちろん言わないが。



「お前にとってここでの生活は天国のようだろうね?どう?姉さんの代わりに姉さんが受けるべきだった全てを受けている気持ちは?」



いつものようにセオドア様に嫌味を言われながらもコップに注がれていた紅茶に口を付ける。



「…っ」



そして紅茶を口にした瞬間、私はこの中に毒があることに気がついた。
口いっぱいに味わったことのある酸味を感じたからだ。それもいつもとは違い、かなり濃く感じる。
相当な量の毒が盛られていた可能性がある。




< 10 / 133 >

この作品をシェア

pagetop