逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。
ここでの私の味方はアルトワ夫妻だけだ。
けれど、その夫妻でさえも、私が完璧なレイラ様でなければ、きっと私をレイラ様として扱わず、味方ではいてくれない。
「あらら?まだこんなところを掃除していたの?」
座って床を磨いていると、突然1人のメイドがクスクス笑いながら私に近づいてきた。
私に近づいてきたメイド以外にも複数のメイドがこちらをおかしそうに見ている。
「本当に掃除してくれたの?まだ全然汚れて見えるけど?」
近づいてきたメイドはそう言うと、手に持っていたバケツを私の頭の上でひっくり返した。
するとそのバケツの中にあった大量の水が私目掛けてバシャァと流れ落ちた。
「汚ったなぁ。ちゃんと掃除しておいてよね?」
本当に汚いものでも見るように私を見るメイドたちにイライラが募る。
腹が立って仕方ないが、これも黙って受けるしかなかった。全ては男爵家の為、愛するお父様とお母様の為に。
*****
アルトワ夫妻はセオドア様と私、レイラを以前のように仲良くさせたいらしい。
だから私とセオドア様は夫妻によって毎日15時には必ず共にお茶をすること、と決められてしまっていた。
その決まり事の元、私は今日も全面ガラス張りのドーム状の植物園で、セオドア様と共にお茶をしていた。
机に並ぶ様々なおやつ。
クッキーにケーキにフルーツ。どれも男爵家では月に一度食べられるか食べられないかのものだ。
それがここ伯爵家では毎日のようにたくさんの種類が出てくる。
最初こそ、毎日がお祭り状態だったが、この状況にも流石に1ヶ月もすると慣れた。
たくさん並べられたおやつたちの中から、私はクッキーを選び、お皿から一枚だけ手に取る。
それから口に含むとサクッとした食感と程よい甘さが口いっぱいに広がった。
美味しい!
毎日食べても飽きない美味しさだ。
このクッキーが毎日出されるおかげで私は何とか元気に過ごせているのだ。これだけが今の楽しみだと言っても過言ではない。
「好きだよね、それ」
味わいながら少しずつ一枚のクッキーを食べていると、机を挟んで向こう側にいるセオドア様が冷たくそう言ってきた。