逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。




「誰だ」

「え」

「…誰にそんなこと頼まれたんだよ?」



洗濯物を続けていると、相変わらず機嫌の悪そうなセオドア様の酷く低い声が聞こえてきたので、私は一度手を止めて、セオドア様の方へと視線を向けた。



「ヴァネッサ様ですが…」

「様?」



私の答えにセオドア様が怪訝な顔をする。



「お前は伯爵家の…」



そしてそこまで言うとセオドア様はハッとした顔になり、急に黙った。
綺麗な顔で怒りを帯びた表情で黙られるとかなり迫力がある。
まだたった11歳の少年なのに怖いと思えてしまうほどだ。

何がそんなに気に食わないんですかぁ。

と、心の中で嘆くが、もちろん表では何事もないように洗濯物を再開する。
すると、そんな私をしばらくじっと見ていたセオドア様がやっと口を開いた。



「やっぱりお前は伯爵家に相応しくないよ。僕の姉さんなわけがない。男爵令嬢のお前には使用人のように働く今の姿の方がお似合いだよ」



ガンッとそれだけ言って洗濯物を入れていた籠をセオドア様が蹴り上げる。
それからセオドア様はそのままさっさとこの場から離れていった。
思いっきり洗濯物をぶち撒けられてもおかしくない状況だったが、何故かセオドア様はそれをしなかった。

何でだろう?

疑問に思いながらも私は洗濯物を続けたのだった。





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