逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。
セオドア様も私のことを死ぬほど嫌ってはいるが、あそこまでのことは望んでいなかったのかもしれない。
相変わらず小さな嫌がらせも嫌味も継続されているが。
バサッと次の洗濯物を手にして勢いよく広げる。
すると洗濯物越しに少し向こうにいたセオドア様と目が合った。
何で南棟の端にセオドア様がいるの?
「…おい」
私と目の合ったセオドア様がどこか機嫌が悪そうな様子でこちらへと近づいてくる。
セオドア様のそんな姿に私は首を傾げた。
一体何がそんなに気に食わないのだろうか?
…まさか嫌いな私が持っている服は汚い、とか?でもこれは使用人の服だし…。
そうこうセオドア様の怒りの理由について考えていると、いつの間にかセオドア様が私の目の前まで迫っていた。
「何でお前が使用人の真似事をしているんだよ?」
「…え」
怒っているセオドア様が聞いてきた意外な質問に素っ頓狂な声を出す。
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。
セオドア様の質問にふと、ヴァネッサ様の脅しの言葉を思い出す。
使用人の仕事をさせられていることをアルトワ一家にバラせば、アルトワ夫妻の目を覚まさせ、私をこの家から追い出す、と。
しかしセオドア様は最初から私をレイラ様として見ていない。
もし私が今していることをセオドア様に話したところで、何も状況は変わらないのだ。
それよりもここで沈黙を貫き、セオドア様の機嫌を損ねる方がよっぽど良くないだろう。
そう判断した私は何故洗濯物をしているのか、セオドア様に言うことにした。
「頼まれたからしているのです。どうも手が回らないほど仕事があるようなので…」
それだけ言って、私はさっさと洗濯物の続きに取り掛かる。
このままでは本当に授業に間に合わなくなる。
本当は授業前にせめて予習としてテキストを見るだけでもしときたいし、時間が惜しい。