逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。




*****




私、リリー・フローレスがレイラ・アルトワになって1週間が経った。
私は今日もレイラ様として、アルトワ伯爵邸の広すぎる食堂で、アルトワ伯爵家の皆様と気が重すぎる夕食を共にしていた。



「レイラ。今日はレイラが好んでいた魚料理を用意させたのよ。どうかしら?美味しい?」



私がよく知る一般的なテーブルとは違い、何十人もの人が一斉に使えるであろう長く大きなテーブルの向こう側に優雅に腰掛ける30代前半くらいの見た目のグレーの綺麗な髪を後ろにまとめている美しい女性、アルトワ夫人がふわりと私に笑いかける。
私を優しく見つめる濃い青色の瞳は、明るい星空のように輝いており、その瞳に見つめられる度にホンモノのレイラ様の顔が頭をよぎった。
ここに来る前、初めてお父様に見せられた小さな肖像画のレイラ様も奥方様と同じ瞳をしていたからだ。

私とレイラ様の容姿は瓜二つだったが、瞳の色だけはほんの少し違った。雲一つない、晴天の空のような青色、それが私の瞳の色なのだ。



「…とても美味しいよ、お母様」



まだ奥方様のことを〝お母様〟と呼ぶことも、奥方様に対して砕けた口調で話すことも慣れておらず、どこか気持ちが悪いし、変な気分になる。
だが、それでも私はもうここのレイラ様なので、当然のようにこうするしかなかった。



「ふふ、やっぱりそうよね。レイラは魚料理が好きだったもの。気に入った魚料理を見つけてはこの魚は何の魚なのかとよく聞いていたわよねぇ」

「そうだな。レイラはすぐいろいろなものに興味を持ち、常に答えを追い求める子だった」



私の答えに嬉しそうにしている奥方様に応えたのは、奥方様と同世代であろう黒髪の落ち着いた雰囲気のこれまた美しい男性、アルトワ伯爵様だ。
伯爵様の瞳の色はレイラ様や奥方様とは違い、明るい青色で、まさに私と同じ空のような瞳をしていた。
…レイラ様の弟君、セオドア様とも同じ色だ。

そんな伯爵様は一番奥の席に座り、奥方様と同じように嬉しそうに笑い、頷いていた。



「…あははは」



嬉しそうな2人に合わせて私も何となく笑ってみる。
だが、柔らかく微笑む彼らとは違い、私の表情は強張っていた。優しい2人の私の扱いが、どうしても不気味でどこか怖さを感じるからだ。

2人は私のことを行方不明だったこの半年間で記憶を失ったレイラ様だと思い、そう扱っている。
なので、2人がそう私を扱う以上、周りの人々もそうしていた。
違う人物だと分かっていても、だ。

アルトワ夫妻と微笑み合いながら、視界の端で何となくまだ一言も発していない私の隣に座るセオドア様を盗み見る。

セオドア様の歳は私とレイラ様の一つ下、11歳だ。
セオドア様の艶やかな長すぎず、短すぎない黒髪と明るい青の瞳は父親である伯爵様譲りのもので、レイラ様が奥方様と瓜二つなら、セオドア様は伯爵様と瓜二つだった。
さらに伯爵様も奥方様も美しいので、その遺伝を受け継いだセオドア様もまた美しく、セオドア様を一言で表すなら儚い雰囲気の今にも消え入りそう美少年だろう。

そんなセオドア様は微笑み合う私たちなど気にも留めずに黙々と食事を口に運んでいた。



「…何」



私の視線に気がついたセオドア様が酷く機嫌が悪そうにこちらを睨みつける。
美しいが故にその姿には相変わらず迫力がある。



「…いえ、何でもごさいません」



そんなセオドア様の迫力に押されて、私はすぐに申し訳なさそうにセオドア様から視線を逸らした。



< 2 / 133 >

この作品をシェア

pagetop