逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。
アルトワ夫妻は先ほども言ったが、私を記憶を失ったレイラ様として大変大切に扱っている。
少し不気味で怖いと思うところもある2人だが、それ以上に、私自身に何か危害を加わることもなく、むしろ優しくしてくれるので、有り難いとさえ思っているし、好感もあった。
だがしかし、レイラ様の弟君であるセオドア様は違った。
セオドア様はレイラ様が消えた穴を埋めるように現れたニセモノの私をとても忌み嫌っていた。
そしてその表れとして、いつも私に冷たく、夫妻がいないところでいろいろな嫌がらせをしてきた。
この1週間でセオドア様から受けた嫌がらせは、すれ違いざまに足を引っ掛けられる、私の持っていたものをゴミだと言って捨てられる、私のものを壊される…などだ。
いつも理不尽なセオドア様が私はとても苦手だった。
慕っていた姉を失い、代わりにやってきた私が許し難いことはわからなくもない。
だが、私は女神様ように慈悲深いわけではないのだ。
気持ちはわかっても、それを許すことは到底できない。
日々、セオドア様に対して、何故、私がこのような仕打ちを受けなければならないのか、好きでここにいるわけではない、と文句を言いたくなる時もあったが、ただの男爵家の娘である私にはそんなことできるはずがなかった。
「レイラ?何故、セオドアに敬語を使うの?」
セオドア様と私のほんの一瞬のやり取りをも見逃さなかった奥方様が不思議そうに私を見つめる。
「レイラとセオドアは姉弟よ?以前は砕けた口調で仲良くしていたじゃない?そんな他人行儀なよそよそしい態度ではなかったわ。ねぇ、アナタ?」
「そうだな。セイラ」
夫人に同意を求められて伯爵も頷く。
2人は心の底からそう思っている様子でこちらをおかしなものでも見るような目で見つめていた。
「…姉弟?」
そんな2人に反応したのはセオドア様だ。
儚げな美少年から発せられたものとは思えない地を這うような低い声がこの広すぎる食堂に静かに響く。
「こんなやつ僕の姉さんじゃない!姉さんは母さんと同じ星空のような青い瞳だったじゃないか!髪だってもっと艶やかなもので長かった!右目の下には僕と同じホクロだってあったのに!こいつは全部違う!姉さんに似ても似つかないニセモノだ!」
ダァン!とその場で机を叩いて、セオドア様が叫ぶ。
今にも泣き出しそうな悲鳴にも近い言葉。
セオドア様にとって、やはりレイラ様という存在はとても大きく代えがたいもので、その大切な存在がどこの馬の骨かもわからないニセモノで埋められるなど耐えられない、という様子だ。