逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。
2.嫌がらせを受ける日々
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アルトワ伯爵家に来て早、1ヶ月。
少しずつここでの生活にも慣れてきたのはいいのだが、セオドア様の私に対する嫌がらせは今も当然のように続いていた。
相変わらず私のものはよく壊されるし、わざと物置や小さな部屋に閉じ込められる。
さらには食べ物や飲み物に微量な毒まで入れられて体調不良を起こすことも度々あった。
嘔吐に腹痛に頭痛に熱まで。一通りの体調不良をここ数週間で全て経験した。
しかし本当に微量の毒だったので、ちょっとした体調不良にしかならず、苦しんでも2日ほどだった。なので、私の体調不良をアルトワ夫妻は環境が急に変わったストレスによる体調不良だと思っているようだった。
「あら、ちょうどいいところに」
午後の授業を終え、伯爵邸内を移動していると、40後半くらいの恰幅の良い女性に声をかけられた。
セオドア様とレイラ様の乳母、ヴァネッサ様だ。
ヴァネッサ様の周りには数人の若い使用人の女性もいた。
「まだ南棟の掃除が終わっていないのよね。だけどこれから私たちみんなでお茶会をしようと思ってて。誰かが残らないといけなかったのだけれど、その必要はなくなったわね」
こちらを見て、ニヤリと笑うヴァネッサ様に何が言いたいのかわかってしまう。
まだ授業を終えたばかりなので、内容を忘れぬうちに復習をしたいのだが、それは無理そうだ。
「それじゃあ、よろしくね。ニセモノさん」
「…はい」
ヴァネッサ様にそう言われて私は暗い表情のまま頷いた。
そしてそんな私を見て、ヴァネッサ様を始め、若い使用人の女性たちはクスクス笑いながらその場を後にした。
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南棟に移動した私はまだ掃除の終わっていなさそうな部屋へと入ると、上等な布で隅々まで拭き始めた。
今の私の敵はセオドア様だけではない。
セオドア様の私への態度を見て、ヴァネッサ様をはじめ、主にヴァネッサ様の下にいる使用人たちも私に嫌がらせをしてくるようになったのだ。
しかもセオドア様やアルトワ夫妻の見えないところで。
ここ南棟で掃除をさせているのも、彼らに見つからず、私に嫌がらせをする為だった。
アルトワ伯爵邸内には4つ棟があり、南棟は使用人のエリアなので、アルトワ一家がここに近づくことはまずないのだ。
正直、嫌がらせを受けるたびに腹が立ったし、言い返してやりたい気持ちにもなった。
しかし私は使用人たちに対してでさえ、逆らうことができず、従うしかなかった。
理由は簡単だ。ヴァネッサ様に脅されているからだ。
ヴァネッサ様は初めて私に嫌がらせをした時こう言った。
『ホンモノのレイラ様は完璧で慈悲深いお方。私がお前に嫌がらせをする理由は、お前がレイラ様ではないから。レイラ様の場所を奪う存在だから。お前がもし、このことを旦那様たちに報告してみろ?私がお2人を目覚めさせてみせる。セオドア様はちゃんとお前がレイラ様ではないとわかっている。お2人も私がきちんと説得すれば、すぐにお目覚めになるだろう。お前がホンモノのレイラ様ではなかった、と。そうなれば、お前はここから出ていくことになる。お前の男爵家は終わるんだよ』
邪悪な笑みを浮かべ、そう言われたことを私は今でも鮮明に覚えている。
だから私はヴァネッサ様や使用人たちにさえも、逆らうことができなかった。