【完】 瞬く星に願いをかけて

第1話 「出会い」


 商店街は多くの人で賑わっていた。


 土曜日ということもあってか、18時を過ぎたにも関わらず、大人や子ども問わず、みんな笑顔を浮かべて楽しそうにしている。


 駅前の巨大な笹に、願いを書いた短冊を飾りに来たのかな。


 私も子どもの頃に家族としたっけ?


 確か……『プリンセスになれますように』って書いたような。


 大学生になって思い返すと、子どもならではの純粋さも感じるが少し恥ずかしい。


 もし、成長した今、願うとしたら短冊になんて書くだろう?


 色々あるなぁ。『推しの小説家の新作が出て欲しい!』とか、『自分で書いた小説がアニメ化されたい!』とか……でも、これが良いかな。


 星降る夜に王子様と出会えたら――


「おい、平城(ひらぎ)?」


 背後から冷たく呼びかけられ、自分の世界から現実に引き戻される。


 本屋でのバイト中だと完全に忘れていた。


「み、美琴(みこと)きゅんっ⁉」


 振り返ると、そこには茶色いエプロンを着けた先輩の姿があった。


 黒髪の凛々しい雰囲気にいつもドキッとしてしまう。


 少し長めの前髪から覗かせる美しい瞳は、私の思考を惑わせる。


「名前で呼ぶのはいいけど、『くん』は止めろ。『さん』付け……先輩だから」


「ご、ごめんなさい」


 すぐに頭を下げてぺこりと謝る。


 またやっちゃった……


「ほら、おふたりさん。そんな所でおしゃべりしてないで、仕事に集中。お客さんが見ているかもしれないんだから」


 パンパンと手を叩きながら、店長がレジの近くで話す私たちの元にやって来る。


「でも、お客さんなんて誰もいませんよ?」


 店内をぐるりと見回すが、私たち以外の人影は見当たらない。


 クーラーの音がうるさく聞こえるほど閑散としていた。


 向かいの喫茶店は、あんなに賑わっているのに。


(あかり)ちゃん、あんまり正直に言うんじゃないよ……」


 店長が、がくりと肩を落とす。


 その時、入口の自動ドアが開く音が店内に響いた。


「おっ、お客さんだ。燈ちゃん、レジ入っててね」


「はい!」


 私はエプロンを締め直し、急いでレジに入った。


 すると、店内に入ってきたお客さんは、入口付近に並んだ雑誌には目もくれず、一直線に私の方に向かってくる。


 そして、


「両替を頼みたいのですが」


 中肉中背の薄毛のおじさんが言った。


 何かのアニメの美少女キャラクターがプリントされたシャツを着ている。


 完全にこちらと目が逢っていて、こっちが恥ずかしくなる。


「え、えっと……」


 初めてのことに困惑する。「忙しい時以外はOK」って店長が言っていたっけ?


「両替の金額は?」


 あたふたして静かに戸惑っていると、すっと先輩がフォローに入ってくれる。


「……50円玉20枚を、1000円札にお願いします」


 おじさんは使い古されたボロボロの長財布から大量の小銭を取り出し、ずらりとカウンターに並べる。


 よく集めたなぁ。あれだけあって、重たくないのかな?


「えっと、1、2……」


 先輩が1枚1枚数え、きちんと数が合っていることを確認する。


 そして、レジから1000円札を取り出し、おじさんに手渡した。


「ありがとうございました……」


 おじさんはさっと1000円札を手に取ると、買い物することなく店を後にした。


「か、変わったお客さんでしたね」


「そんな人もいるだろ」


 先輩は冷たい口調で返事をして、すぐにバックヤードへと姿を消した。


「また冷たくされた……」


 しょぼんと肩を落とす。


「燈ちゃん、もうあがっていいよ」


「店長~さっきのお客さん、変なんです! 本に目もくれず、50円玉20枚を1000円に両替しただけで、帰ってっちゃって……何か、怪しいですよ」


「余計な詮索をするのは止めようね? トラブルの元凶だから」


「す、すみません……」


 その後、私は薄暗いバックヤードで、のんびりと帰りの支度をしていた。


 晩御飯をどうしようかなとか、授業のレポートどうしようとか……ひとり暮らしはすっごい大変!


 なんて考えながら、ロッカーからカバンを取り出し、エプロンをハンガーにかけた。


「気を付けて帰れよ。借りてた本、机に置いてるから。あと、他の作者のが読みたい」


 すぐ側のパソコンに目を向けながら、先輩が小さく言った。


 そうだったっけ? 言われてみれば……思い返すと、「どの本を貸そうかな」って自宅の本棚と向き合っていると、いつも同じのを手に取ってしまっていた気がする。


「だ、だって『夜月輝夜(やがみ かぐや)』様の作品、すっごくロマンチックだから……」


 言葉が進むにつれ、話していることが恥ずかしくなって声が弱くなっていく。


 私が中学1年生の時に出会った、ネット小説の書籍版。


 トラウマを抱えた主人公と余命宣告されたヒロインの切ない物語で心情描写が美しく、初めて読んだ時に私は涙が止まらなかった。


 その時、『こんなお話が書いてみたい!』と、強く思った。感動させられるような、そんな作品を書いてみたい……と。


 いつか私も絶対にあんな風になるんだ……なんて、毎日ネットに小説をあげている。


 けど、ダメダメでPV数も全然伸びない。まぁ、1人だけめっちゃコメントとかしてくれる人がいるけど。


「新作、出ないかな……」


 私の心が曇っていく。


 ずっと、ドキドキして待っているんだけどな……


 輝夜様……顔を出さずに活動していたのだが、もう4年も音沙汰がない。


 毎日、更新が無いかホームページなどを確認する日々。


「今日は七夕だろ。だったら、短冊に書いてみたらいいじゃん。もしかしたら、織姫の願いが彦星に届くかもしれないぜ?」


 先輩がパソコンでカタカタと作業する手を止め、ポツリと呟く。


 そ、そうだよね! 願いが叶うかもしれない日だもん。こうなったら……


「美琴くん……ありがとうございます! 私、書いてきます!」


「また『くん』付けに……って、あっ、おい!」


 カバンをぎゅっと握りしめて駆け出す。


 先輩の言葉で心がぱあっと晴れていく。子どもの頃みたいな、ワクワクした気持ちでいっぱいになる。


 今日は七夕。絶対に届くはず!



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