【完】 瞬く星に願いをかけて
第2話 「笹に願いを」
日が落ち、東の空には少し欠けた月が顔を出す。
辺りはスーツを着たサラリーマンたちで溢れかえっていた。
飲み屋の温かい灯が夜の街を彩る。
人波を掻き分け、猛ダッシュで短冊を配っていた駅前のテントまで急ぐ。
こんなに走るの、高校の体育祭以来かも。
いつも家に居たから体力が落ちている。
肺が爆発して心臓が飛び出そう。
少ししただけで息が切れる。
こんなことなら毎日、運動しておけばよかった。
程なくして、白いテントが視界に入った。
たくさんの短冊で彩られた巨大な笹もある。
周りにはたくさんの男たちが何かしていた。
まさか、撤去作業⁉
「あ、あの、待ってください!」
思わず大きな声が出た。
その瞬間、周りにいた人たちの視線が一斉に私に向く。めっちゃ恥ずかしい。
何とか撤収ギリギリに間に合って、受付のおばあさんから黄色の短冊を貰った。
ぜぇぜぇと息を切らす私を見て、驚いていたけど。
一度、深呼吸をして落ち着く。
カバンからペンを取り出し、願いを書こうとした。
ダメだ。全速力で走ったせいか、手が震えて文字が綺麗に書けない。
え、えっと……『推しの小説家の新作が出ますように』っと。これでいいかな。
「書けたらあそこに括りなさいな」
おばあさんが優しい口調で話し、テントの横にある大きな笹を指差す。
すでにたくさんの色とりどりの短冊が掛かっていて、人々の願いが詰まっているのが一目で分かる。
どうしよう。下の方に括ったら皆に見られそうだから、上の方にしようかな。
「くっ。と、届かない……」
背伸びをして、結ぼうと……あっ、足がつりそう。
「ぐぬぬ……」
ダメだ。全然届きそうにない。そうだ、ジャンプすれば――
「……見つけた」
子どものようにぴょんぴょんと跳ねる私の背後から突如、甘い声に呼びかけられる。
こ、この声って……
振り返ると、茶色いエプロンを着けた先輩の姿があり、私の顔の温度が急上昇する。
「み、みみみ、美琴くん⁉ ど、どどどどどうして、こんな所に?」
思いもよらない再会から、心拍数が爆上がる。
先輩の顔、まともに見られないよぉ。
すると、先輩は右手に握る1冊の本を私に手渡してきた。
「これ、私の忘れ物」
そっか。私、てっきりカバンに入れたと思って……
「……じゃあ」
先輩が冷たい返事をしてから、立ち去ろうと私に背を向けて歩き出す。
「ま、待ってください!」
咄嗟に先輩の右手を掴む。
温かい感触が触れ合う。
指も細くて色白で綺麗……でも、少し大きな感じからは男らしさを感じられる。
ど、どうしよう、こんなことしちゃって……
「あ、あの、書きませんか? 短冊」
必死に頭をフル回転させて、苦し紛れの言い訳をひねり出す。
「はぁ……」
先輩はくるりと身体を返し、おばあさんから私と同じ色の短冊を貰った。
机に置かれたペンを取り、すらすらと書き進めていく。
なんて書いているのか、こっそりのぞき込んでみる。
が、なかなか見えない。
「あんま見るなよ?」
ば、バレてた……私の浅はかな考えは先輩にはお見通しみたい。
「これでいいかな。平城のも括ってやるよ」
「あっ……」
先輩が私の手に握られた短冊をさっと取る。
そして、私の身長じゃ絶対に届かない高さに、隣り合うように括りつけた。
ああ、なんて書いたか見えないじゃん。
「……願い、叶うといいな」
先輩が私の耳元で優しく囁いた。
その刹那、私の頬が紅潮していくのが分かる。
「そ、その、なんて書いたんですか?」
少しの沈黙の後、
「教えない」
「ず、ずるいですよ~。私だけ見られて……」
なんて書いたのか気になるじゃん。
優しい先輩のことだから、家族とか友達のこと?
あっ、もしかして、彼女のことかも……あ~っ!
一瞬にして先輩のことで頭の中が支配されてしまう。
「なんで顔赤くしてるんだよ」
ドキッ⁉
先輩の声に心臓が跳ね上がる。
「俺はまだ仕事残ってるから。また来週な。あと、また本貸してくれよな」
先輩が私に背中を向けて、本屋の方へゆっくり歩き出して言った。
私、まだ言ってない……
本を届けてくれたお礼、ちゃんと言わなきゃ!
「あ、あの……届けてくれてありがとうございました!」
頭を下げて、先輩にお礼を叫んだ。
私の大きな声が商店街に響き渡る。
周囲にいた人の視線が一斉に私の方を向く。
先輩は顔を見せないで小さく手を振ってくれた。
そんな後ろ姿を、私は呆然と佇んで見送ることしかできなかった。