未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~
子ども図書館のオープン初日。
昼過ぎにはもう、館内はたくさんの人で賑わっていた。
来賓の受付に追われる莉央と、建築に興味を持った来場者からの質問に対応する黒川。それぞれの持ち場で忙しく過ごすふたりがようやく言葉を交わせたのは、陽が西に傾きかけたころだった。
視線が交わると、お互いがほっと息をついたのがわかった。
「みなさんに喜んでいただける施設になって、本当に良かったです」
莉央は、黒川に笑顔で歩み寄る。
「ああ。お前が作った紙芝居の読み聞かせ、評判、かなりよかったぞ」
オープンイベントのひとつとして、紙芝居の読み聞かせの時間を設けた。他の職員がいくつか市販の紙芝居を読み上げるなか、莉央は自分で描いた物語を披露したのだ。
「えっ、本当ですか。嬉しい。あのお話、もう少し手直しして、コンテストに応募しようと思ってるんです」
莉央は「諦めませんよ」と笑い、黒川に向かって小さく拳を握って見せた。
そのとき――
「悠真」
不意にかけられた声に、ふたり同時に振り返る。
「親父……なんでここに」
そこにいたのは、黒川会長だった。
「副市長の招待でな。館内も見せてもらった。いい改築になったじゃないか。穂坂杉が、きちんと活きている」
「何いってんだよ。親父のせいで外材で作るところだったんだぞ」
言葉はきついが、黒川の声にトゲはない。莉央はそのことに安堵する。
会長も、息子の抗議に鷹揚に声をたてて笑った。
「作るつもりなんかなかっただろう? お前は必ず、外材をキャンセルしろと怒鳴り込んでくると思って、待っていたんだ。まあ、実際に来たのはそちらのお嬢さんだったが」
向けられた会長の視線に、莉央は思わず背筋を伸ばし、頭を下げた。
「その節は大変失礼いたしました。でも……ありがとうございました」
莉央が恐縮して言うと、会長は片手を軽く振り、穏やかな笑みを見せた。
「実は、ここ最近、悠真の建てた建物がいいと評判でな。クライアントの想いをきちんと形にしてくれる建築士だと、黒川建設のほうに名指しで発注が入るようになったんだ。……いい建築士になったな、悠真。私はもう、私のやり方は通用しないのだと痛感している。時代にあったやりかたに変えなければならん」
黒川は無言のまま、父親を見つめている。その瞳にわだかまりの色はなかった。莉央には、かつてふたりの間にあったという確執が消えているように思えた。
「……懐かしいな。本当に、懐かしい。お前の母さんが生きていたら、この家が生まれ変わったことを、心から喜んだだろうな」
会長は顔を上げ、たたずむ古民家を見上げた。
夕暮れの空には、一番星がひとつ、きらめいている。
「悠真、今度、食事でもどうだ。……宮本さんも一緒に」
思いがけない言葉に、莉央ははっと息を飲んだ。けれど黒川は、ごく自然に、莉央の手を引いてそばに寄せる。
「ああ。近いうちに」
朱鷺色の夕陽が、黒川の輪郭を柔らかく縁どっていた。
淡い朱に染まった横顔は、どこまでも穏やかで、まっすぐ前を見据えている。
昼過ぎにはもう、館内はたくさんの人で賑わっていた。
来賓の受付に追われる莉央と、建築に興味を持った来場者からの質問に対応する黒川。それぞれの持ち場で忙しく過ごすふたりがようやく言葉を交わせたのは、陽が西に傾きかけたころだった。
視線が交わると、お互いがほっと息をついたのがわかった。
「みなさんに喜んでいただける施設になって、本当に良かったです」
莉央は、黒川に笑顔で歩み寄る。
「ああ。お前が作った紙芝居の読み聞かせ、評判、かなりよかったぞ」
オープンイベントのひとつとして、紙芝居の読み聞かせの時間を設けた。他の職員がいくつか市販の紙芝居を読み上げるなか、莉央は自分で描いた物語を披露したのだ。
「えっ、本当ですか。嬉しい。あのお話、もう少し手直しして、コンテストに応募しようと思ってるんです」
莉央は「諦めませんよ」と笑い、黒川に向かって小さく拳を握って見せた。
そのとき――
「悠真」
不意にかけられた声に、ふたり同時に振り返る。
「親父……なんでここに」
そこにいたのは、黒川会長だった。
「副市長の招待でな。館内も見せてもらった。いい改築になったじゃないか。穂坂杉が、きちんと活きている」
「何いってんだよ。親父のせいで外材で作るところだったんだぞ」
言葉はきついが、黒川の声にトゲはない。莉央はそのことに安堵する。
会長も、息子の抗議に鷹揚に声をたてて笑った。
「作るつもりなんかなかっただろう? お前は必ず、外材をキャンセルしろと怒鳴り込んでくると思って、待っていたんだ。まあ、実際に来たのはそちらのお嬢さんだったが」
向けられた会長の視線に、莉央は思わず背筋を伸ばし、頭を下げた。
「その節は大変失礼いたしました。でも……ありがとうございました」
莉央が恐縮して言うと、会長は片手を軽く振り、穏やかな笑みを見せた。
「実は、ここ最近、悠真の建てた建物がいいと評判でな。クライアントの想いをきちんと形にしてくれる建築士だと、黒川建設のほうに名指しで発注が入るようになったんだ。……いい建築士になったな、悠真。私はもう、私のやり方は通用しないのだと痛感している。時代にあったやりかたに変えなければならん」
黒川は無言のまま、父親を見つめている。その瞳にわだかまりの色はなかった。莉央には、かつてふたりの間にあったという確執が消えているように思えた。
「……懐かしいな。本当に、懐かしい。お前の母さんが生きていたら、この家が生まれ変わったことを、心から喜んだだろうな」
会長は顔を上げ、たたずむ古民家を見上げた。
夕暮れの空には、一番星がひとつ、きらめいている。
「悠真、今度、食事でもどうだ。……宮本さんも一緒に」
思いがけない言葉に、莉央ははっと息を飲んだ。けれど黒川は、ごく自然に、莉央の手を引いてそばに寄せる。
「ああ。近いうちに」
朱鷺色の夕陽が、黒川の輪郭を柔らかく縁どっていた。
淡い朱に染まった横顔は、どこまでも穏やかで、まっすぐ前を見据えている。