私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

1 私達には婚約者がいる

―――私の目の前に婚約者がいる。
今、この人が別れを切り出したところで、私は『わかりました』と答えるだけ。
そのことに婚約者である彼も気づいているのに気づかないふりをしている。
淡々と料理を食べて、当たり障りのない会話をするだけの関係。
こんな不毛な関係を何年も続けていた。
私が彼を好きになれないとわかっていながら、婚約を解消してくれないのは、彼にとって私がメリットのある相手だから。
水の入ったグラスを手にして、店内を見れば、食事を楽しむカップルや老夫婦が目に入る。
誰もが幸せそうで、楽しそうにしている。
私と大違い。
店内は青で染まっていた。
水族館のような青のライトに照らされて白のテーブルクロスも青く見える。
本当は白なのに白ではない―――嘘ではないけど嘘になる。

「まるで、君のようだね」

「え?」

「もしかして、小百里(さゆり)。話を聞いてなかったのか?」

「ごめんなさい。食事に集中していたわ」

違うことを考えてましたなんて言えなくて、作り笑いを浮かべた。
このホテルレストランは父が経営するグループ関連のホテルだった。
何度か来たことがあるレストランだけど、季節や時間帯で雰囲気が、ガラリと変わる。
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