私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
内装は豪華でフロア中央には巨大なクリスタルシャンデリアが吊るされ、氷の粒のように見え、温度を感じさせない。
けれど、ディナータイムの青のライトのせいか店内が寒ざむしく冷たく感じてしまう。
そのクリスタルシャンデリアを鏡のように映しているのは一台の黒いグランドピアノ。
曇り一つないスタインウェイのピアノ。
そして、奏でられるバイオリンの音。
しっとりとした曲は店内の雰囲気を壊さず、心地のいいものだった。
目を閉じて、その音を聴いていたい。
彼の音に溺れて身を沈めてしまいたい。
知久(ともひさ)の音はそんな気持ちにさせる音だった―――

「さすが天才バイオリニスト陣川(じんかわ)知久(ともひさ)君だ。とてもいい演奏だね」

褒めているはずのその声に熱はなく、抑揚のない声。

「ええ」

私も嘘つきなら彼も嘘つき。
きっと彼の本心は違う。
さっきから音楽より、このレストランを利用するお客様を観察したり、演奏する知久を値踏みするように眺めていただけ。
雇うにはいくらかかるのだろうと考えている。

「知久君の出演料はいくらなんだろうな」

にっこり微笑んで『知らないわよ。そんなこと』と無言で返した。
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