私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

19 海

私が高校を卒業し、物理的な距離ができても、知久が私から離れることはなかった。
知久の私への変わらない態度と好意は薄れることはなく、とうとう知久が高校を卒業する日まで、私は別れることができないまま、最後の日を迎えてしまった。

「合格、おめでとう」

やっと言えた。
大学生と高校生という差は私達にとって大きかった。
そして、知久は音楽事務所に所属して、活動し始めたこともあり、以前より会える時間は減っていた。
これから、もっと減ってしまう。
高校を卒業した知久はドイツに留学し、少なくとも四年間は向こうで過ごすことが決まった。
いずれ、こんな日がやってくると覚悟していた私は微笑んで彼を見送れる。

「ドイツに行く前に会えてよかったわ」

「なんだか、別れの言葉みたいだね」

波にさらわれた砂が海中へ流れていくのが見えた。
繰り返し、繰り返し。
波が砂をさらう。
三月の海はまだ寒い。
スプリングコートが風にあおられ、髪がなびく。
知久の高校の制服は今日で最後。
相変わらず、首元のシャツのボタンはとめてないし、タイもしてない。
着崩していて、髪も長い。
後ろにゴムで結んでいるけど、よく先生に叱られていた。
卒業すれば、気にすることがなくなるのかと思うと、感慨深いものがある。

「がんばってね。応援しているわ」

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