あなたがいてくれるから



「びっくりしたよね、驚かせてごめんね」

丁寧に謝ってくれる彼女。
誘った本人である誉は、祇綺と呼んだ彼女に近付き、じゃれてる。

「いや、うん。まあ、かなり驚いたけど……」

無口で、あまり話さないことは知っていた。
でも、まさか、同性なんて夢にも思っていなかった。

「それより、良いの?」

「?、何が?」

「誉……」

そう言いながら見ると、彼女もその目線を追う。

誉は祇綺さん?を抱き寄せたり、触れたりして、楽しそう。

「良いんだよ。いつものことだし」

「いつもの?」

「うん。仲良いんだよ。ふたり、婚約してるし」

「婚約」

「うん。幼い頃からね。許嫁ってやつ?」

「……そう」

「どうしたの?いつも女の子に囲まれている誉が、あんな顔してるのが意外?」

何でもないように話す彼女。
あまりの冷静さに、こちらがおかしくなりそう。

「嫌じゃないの?」

ふと、口をついて出た言葉。
彼女は目を瞬かせて。

「嫌とか、そんなことは思ったことないかなあ」

と、ふわりと笑った。

「祇綺のことも大好きだし、ふたりがずっと幸せでいてくれたらいいなって思うよ」

「そうなんだ」

「うんっ」

─彼女の笑顔は、眩しかった。
自分は絶対、こんな風にはなれない。

彼女の幸せを祈るなんて、そんな。

『りっくん!』

─……ああ、忘れかけていた。
忘れてはいけないのに。

大丈夫。まだ引き返せる。─大丈夫。

「ねぇ、天宮さん」

「…凛空でいいよ」

「え?」

「名前」

「でも、天宮さん、名前で呼ばれるの、苦手って聞いたけど……」

「適当な方便だよ。大丈夫」

苦手なのは本当だ。でも、彼女には呼ばれたい。

「でも、」

彼女の手が伸びて、指先が頬に触れる。

「表情が、」

「……ちょっとだけ、名前でトラウマがあるだけだよ。でも、自分の名前、嫌いになれなくて」

あの瞬間、父親が呼んだ名前。
父親の運命が、呼んで、そして。

『りっくんは私を置いていかないよね』

─……呪いのような、そんな言葉。


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