この恋にルールは必要ですか?
第5話
第5話「先輩とふたりきりの放課後」
【法学部棟・教室前の廊下・午後5時】
講義がすべて終わった放課後の静けさの中。茜は教室前の廊下に立っている。
悠真からのメールに「18時、5号館の201教室で」とだけ書かれていた。
茜(心の声)
(“話したいことがある”って……何を言われるんだろう)
(まさか、ゼミのこと? それとも……)
ドアを開けると、教室の奥でひとり、窓の外を眺めていた悠真がこちらを振り返る。
悠真
「来てくれてありがとう。……まだ、明るいな」
茜
「はい……すごく、静かですね」
【教室内・午後5時5分】
ふたり、窓際の席に並んで腰かける。キャンパスの向こうに夕日が沈みかけている。
悠真
「この教室、俺が1年のとき、一番最初に“やられた”教室なんだよ」
茜
「“やられた”?……って?」
悠真
「初回の民法で、教授にいきなり“この契約、無効になる理由は?”って聞かれて。完全に沈黙した」
茜は目を見開いた後、ふっと笑う。
茜
「先輩でも、そんなことあるんですね」
悠真
「あるよ、そりゃ。むしろ、恥かいてばっかりだった」
しばらく、淡く穏やかな時間が流れる。
悠真がゆっくりと話し始める。
悠真
「……この前のゼミ、俺も見てた」
茜
「えっ……」
悠真
「君が“それでも可能性を残すべきだ”って言ったとき、ハッとしたんだ。俺、それをずっと忘れてたなって」
茜は驚いたように悠真を見る。悠真は静かに言葉を続ける。
悠真
「現実ばかり見て、“整合性”とか“正しさ”ばかりにこだわってたけど……君の言葉は、“誰かのための法”だった」
悠真
「それって、本当は一番大事なことなのかもしれない」
茜(心の声)
(こんなにちゃんと、私の言葉を……)
【教室内・午後5時半】
夕日が射し込み、教室がオレンジ色に染まる。茜はそっと息を吸い込み、言葉を選ぶように口を開く。
茜
「……私、正直言うと、ずっと怖かったです。教授の前で自分の考えを言うのも、間違ってたらどうしようって思うのも」
茜
「でも、先輩が『間違ってない』って言ってくれたから……今もここにいられる気がします」
悠真
「俺も、君に言われたことが、ずっと残ってる。“可能性を信じたい”っていう、その言葉」
悠真が視線を落とし、少しだけ照れくさそうに笑う。
悠真
「……たぶん俺、自分の考えに自信が持てなかったんだと思う。頭でわかってても、誰かに肯定されないと動けなかった」
そして、ふっと真剣な表情に戻る。
悠真
「だから、ありがとう。君の言葉が、俺を少し変えてくれた」
茜(心の声)
(……先輩の目、まっすぐで、温かくて……)
ふたりの間に、沈黙が落ちる。でも、それは気まずさではなく、やさしい静けさ。
【法学部棟・教室前の廊下・午後6時すぎ】
教室を出て並んで歩くふたり。夜の帳が降り始めている。
悠真
「そういえば、三枝くんとは順調?」
茜
「え……? それって……」
悠真
「いや、課題の進み具合って意味で」
茜
「あ……はい、まぁ。でも、ちょっと議論が熱くなりすぎるところがあって」
悠真
「彼、真っ直ぐだからね。……でも、あまり無理するなよ」
茜が立ち止まる。ふと、横顔を見つめながら言葉をこぼす。
茜
「……先輩は、三枝くんみたいに、私のこと“好きだ”って言ったりしないんですか?」
悠真が驚いたように目を開く。その表情を見て、茜は慌てて手を振る。
茜
「い、いまのは変な意味じゃなくてっ! ただ……ふと思っただけで……!」
悠真
「……言ったら、君はどうする?」
茜
「えっ……」
悠真
「まだ“好き”とは言えない。けど、もっと知りたいとは思ってる」
悠真
「たぶん、それが今の俺の“正直”な気持ち」
茜は言葉に詰まりながらも、少しだけ顔をほころばせる。
茜
「……そのルール、私も守ってみたいです」