幼なじみの心は読めない、はずだったのに!
「おーい、なぁに難しい顔してんのー?」
「私達の謎な関係、秘密だからね?」
「あ? 謎な関係? なにそれ」

 だって普通じゃないじゃん。ジュースだと思って飲んじゃったのがお酒で、酔っぱらった私が郁雄に迫ってキスなんかしちゃって、その責任を取るために奴隷宣言(?)までしちゃって。こんなの、普通じゃない。

 郁雄は好きだって言ってくれたけど、私は郁雄のこと恋愛対象として見たことがなかったわけで、こんな言い方よくないかもしれないけど、好きだけど好きじゃない人と関係を持つことになっちゃった……みたいな感じなわけ。それを堂々と『付き合ってます~♡』みたいにアピールするのはちょっと違う気がするし、そもそも『付き合って、彼女になって』なんて一言も言われてない。

「だってさ、ちょっと特殊じゃん? 私達の関係」

 自分から言い出してこうなったくせに、今更うだうだ言うのは間違ってるって分かってる。正直郁雄と付き合うのがめちゃくちゃ嫌だってわけでもない。そもそもこのまま彼氏もできず売れ残ったら両家の親に結婚させられる運命でしかなかっただろうし、私も私もでそうなるのもありか~とか漠然とだけど考えてたわけで……いやぁでも本当にいいのかな? 郁雄はこんな中途半端な私と曖昧な関係になっちゃって、本当によかったのかな……?

「なに、後悔してんの」

 その言葉にハッとして郁雄を見上げると、微笑みながらも寂しげな表情をしていた。郁雄にこんな顔をさせたかったわけじゃない。こんな顔をさせているのは、言い出しっぺの私だ──。

「ごめん、正直少しも後悔してないって言ったら嘘になる。だって郁雄の気持ちにちゃんと応えられるか分からない中途半端な女なんだもん。だけどさっ」
「ああ、それは仕方ないんじゃね? 俺が勝手に想ってただけで、友妃は幼なじみとして俺のこと大切に想ってくれてたろ。それでいいじゃん? これから本気で友妃のこと落とすし、俺に惚れるのも時間の問題ってやつ」

 いたずらっ子みたいにベーッと舌を出したと思ったらいきなり走り始めた郁雄。

「え!?」
「友妃~時間やべぇぞ~」
「ひっ!?」


 相変わらず涼しい顔しながら走る郁雄と作画崩壊しながら走る私。予鈴が校舎内に鳴り響く。

「はぁっはぁっはぁっ! もうここで死んでも悔いはない!」
「ははっ、友妃ちゃんってばおもしろーい」
「でもやっぱ遅れるのはいやぁぁ!!」
「なら頑張んないとねー? ほらほらぁ、もっと速く走れないのー? 友妃ちゃん遅くなーい?」

 この言葉が私の闘争心に火をつけた。というか、まんまと焚きつけられて廊下を爆走する私。※よい子は真似しないでね!

 本鈴と共に幼なじみ組、滑り込みセーフ!!

「平田さんと細谷君がギリギリなんて珍しいね?」
「ほぼアウトっちゃあアウトだけどな!」

 なんてクラスメイト達に笑われて、ひきつった笑みを浮かべる私といつも通り「えへへ~」って笑っている郁雄。

「はーい、静かにしなさーい。授業始めますよー」

 はぁー、朝から色々ありすぎて疲れたよもう。しかも色々ありすぎて忘れてたけど、会長と顔合わせるの気まずいなぁ。そもそも郁雄と会長ってあの後どうなったんだろう。


 ── 昼休み

「沙雪ちゃん昨日はごめんね! メッセージも返せずで……」
「別にいいよ~気にしない気にしない! で? 平気なの? てか細谷になにもされてない?」
「ははっ、されたのは僕のほうっ」
「だぁー!!」

 慌てて郁雄の口を塞ぐ私を見る沙雪ちゃんと琢矢くんの目がジトッとしている。

「「(絶対に何かあったなこれは)」」

 ええ、その通りで。

「あー、えっと……私会長のところ行ってくるね」
「はあ? あんなクズに何の用があんの?」
「平田、もう無理して関わる必要はないと思うぞ」
「だよね~、僕もそう思う~」

 書類はちゃんと渡したって自信があるから謝ることは絶対にしないけど、ちゃんと話し合ったほうがいいかなって思うから。


 そして、会長がいるクラスを訪れた私──。

「ええっ!? 会長が転校する!?」

 昨日の今日で会長が転校すると聞かされ驚きを隠せない。

「へぇーそれはー驚きだー」

 しれっとついて来た郁雄のわざとらしいこの反応が若干気になったけど、それより一部の人達が郁雄を見てなんとなく怯えているような……?

「あの会長さんのことだから『もっと俺に相応しい学校があるはずだ!』とか言って転校したんじゃないかなー? 向上心って素敵だねー。ね? みんなもそう思うよねー?」

 郁雄ファン達は「可愛い~♡」とか「かっこいい~♡」とか騒いでて、なぜか怯えてる一部の人達は全力で頷いてるし。

「じゃ、戻ろうか? 友妃ちゃん」
「あ、うん」

 郁雄は笑顔でみんなに手を振って、すぐスンッと真顔に戻ってる……こわっ。

「だから言ったじゃん、行く意味ないよって。だいたいさ、あんなこと言われてよく話し合いするって気になれるよね~。友妃ちゃんってドMなの?」
「違うし!」
「ま、もういいんじゃん? 干渉する必要ないと僕は思うよ~。次の会長さん、繰り上がりで副会長さんが任命されたってさ」
「へぇ、そうなんだ」

 でもこれで生徒会の仕事も手伝いやすくなるなぁ。あの会長、上から目線だったし苦手だったんだよね。見た目はそこそこ悪くない感じなのに、性格があんな感じだから家柄目的で近づく女子以外には嫌われてたって印象。

「酷いなぁ、友妃ちゃんは」
「へ? ちょっ!?」
「(俺がいるのに他の男のこと考えるなんて)」

 私の肩を抱き寄せて顔を覗いてきた郁雄、しかも廊下で。いや、ぶっちゃけこのくらいのスキンシップは日常茶飯事。学校のみんなも『ああ、まぁたやってるわ~。あの幼なじみ組』としか思ってないんだろうけど、私は違うの! 今状況が違うからね!?

「い、郁雄!」
「ん?」
「ちっ、近い!」
「いつものことじゃ~ん?」
「そ、そうだけど! そうだけど、違うから!」
「ふ~ん? どう違うのか教えてほしいなぁ?」

 わかってるくせに、それをわざわざ言わせようとする郁雄は意地悪! どう考えたって違うじゃん! キスしちゃってるし、全然今まで通りじゃない!

 曖昧でほぼ覚えていないはずの私と郁雄のキスシーンがぽわーんと頭の中に浮かんできてたりして、顔が真っ赤になっていく。

「もうっ、恥ずかしいからやめてってば!」
「(……ねえ、友妃。それ反則、つーかやめてね? 学校でそんな顔すんの。他の男に見られたらどうするわけ? ほんっとけしからん子だね)」
「え?」
「うーん、可愛すぎって言えば分かるかな? 僕以外にそんな顔見せないで……ね? 友紀ちゃん」

 甘い束縛、こんなのズルいよ。

「仲良くしてるところ悪いけど平田さん、副会長が呼んでる~。細谷、悪いな!」
「ははっ、悪いと思ってるなら空気読んでほしかっなぁ」
「ちょ、郁雄!」
「なぁんてね、冗談だよ冗談」
「もう! じゃ、私行くから!」

 会長がいなくなったことはちょっと気になるけど、副会長は女子だし気楽そうだな。なんて軽い気持ちで思ってた、この時までは──。
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