静かな熱
3.手のひらに残るもの
並んで歩くその距離は、昼間よりも少しだけ近い。
街灯の光が二人の影を長く伸ばし、夜風がそっと頬を撫でる。
彼の肩の力が抜けた笑顔に、私はほんの少し胸を高鳴らせていた。
肩が触れるわけじゃないけど、心の距離が、ぐっと縮まっているような気がした。
「なんか、静かやな」
ふいに彼がつぶやいた。
「そうですね」
私も、声を落として返す。
それだけでも、心の奥の温度がまた少し上がるのがわかる。
言葉にしない静けさが、ふたりの間に自然に溶け込んでいく。
目の前に続く舗道が、どこか特別な景色のように感じられる。
昼間の喧騒も、仕事の張り詰めた空気も、今はすっかり遠ざかっていて、
聞こえてくるのは、自分たちの歩幅の音だけ。
すれ違う人もほとんどいない。
ビルの窓に映る街灯の明かりが、静かに揺れている。
彼はときどきスマホをちらりと見ながら、何も言わず歩いていたけれど、
その無言の時間すら、不思議と心地よかった。
ふと、彼が小さくあくびをした。
それがあまりにも自然で、肩の力が抜けて、私は思わず笑ってしまった。
「…眠そうですね」
「そやな、ちょっとだけな」
そう言って、少しだけこちらに顔を向ける。
目元が、ほんのりと緩んでいた。
いつの間にか、ずっとこの時間が続けばいいのに、なんて思っていた。
この人と歩く夜道が、こんなにも穏やかで、あたたかいなんて。
ほんの数時間前までは想像もしていなかったはずなのに。
交差点を一つ越え、見慣れた道が近づいてくると、少しだけ名残惜しくなった。
終わりが近づいている気配に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「……今日は、ありがとうございました」
思いがこぼれるようにして出たその言葉に、
彼はふいに足を止めて、いたずらっぽく目を細めた。
「姫、今日は楽しめましたか?」
わざとらしく丁寧な口調で、片手を優雅に差し出してくる。
その仕草に思わず笑ってしまいそうになるけど、
私は少し戸惑いながらも、そっとその手に自分の手を重ねた。
すると彼は、その手をひょいと持ち上げて、
演技じみた所作で、手の甲にゆっくりと唇を近づける。
ふわりと、軽く。
でも確かに、そこに彼の唇の感触が触れた。
「姫を送れて、光栄です」
芝居がかった声色に、思わず頬が熱くなる。
「もう……なにそれ……」
恥ずかしさをごまかすように、笑い混じりで言うと、
彼はくすっと喉の奥で笑って、いつもの声に戻る。
「ほら、王子様は姫を守らなあかんやろ?」
軽く肩をすくめるその目は、茶目っ気とやさしさに満ちていた。
「また明日な」
そう言って、ゆっくりと背を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、私は手の甲に残る温度を、そっと片手で包み込んだ。
鼓動が、さっきよりも少しだけ早くなっているのがわかる。
それでも、不思議と心の奥はやさしく満たされていた。
街灯の光が二人の影を長く伸ばし、夜風がそっと頬を撫でる。
彼の肩の力が抜けた笑顔に、私はほんの少し胸を高鳴らせていた。
肩が触れるわけじゃないけど、心の距離が、ぐっと縮まっているような気がした。
「なんか、静かやな」
ふいに彼がつぶやいた。
「そうですね」
私も、声を落として返す。
それだけでも、心の奥の温度がまた少し上がるのがわかる。
言葉にしない静けさが、ふたりの間に自然に溶け込んでいく。
目の前に続く舗道が、どこか特別な景色のように感じられる。
昼間の喧騒も、仕事の張り詰めた空気も、今はすっかり遠ざかっていて、
聞こえてくるのは、自分たちの歩幅の音だけ。
すれ違う人もほとんどいない。
ビルの窓に映る街灯の明かりが、静かに揺れている。
彼はときどきスマホをちらりと見ながら、何も言わず歩いていたけれど、
その無言の時間すら、不思議と心地よかった。
ふと、彼が小さくあくびをした。
それがあまりにも自然で、肩の力が抜けて、私は思わず笑ってしまった。
「…眠そうですね」
「そやな、ちょっとだけな」
そう言って、少しだけこちらに顔を向ける。
目元が、ほんのりと緩んでいた。
いつの間にか、ずっとこの時間が続けばいいのに、なんて思っていた。
この人と歩く夜道が、こんなにも穏やかで、あたたかいなんて。
ほんの数時間前までは想像もしていなかったはずなのに。
交差点を一つ越え、見慣れた道が近づいてくると、少しだけ名残惜しくなった。
終わりが近づいている気配に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「……今日は、ありがとうございました」
思いがこぼれるようにして出たその言葉に、
彼はふいに足を止めて、いたずらっぽく目を細めた。
「姫、今日は楽しめましたか?」
わざとらしく丁寧な口調で、片手を優雅に差し出してくる。
その仕草に思わず笑ってしまいそうになるけど、
私は少し戸惑いながらも、そっとその手に自分の手を重ねた。
すると彼は、その手をひょいと持ち上げて、
演技じみた所作で、手の甲にゆっくりと唇を近づける。
ふわりと、軽く。
でも確かに、そこに彼の唇の感触が触れた。
「姫を送れて、光栄です」
芝居がかった声色に、思わず頬が熱くなる。
「もう……なにそれ……」
恥ずかしさをごまかすように、笑い混じりで言うと、
彼はくすっと喉の奥で笑って、いつもの声に戻る。
「ほら、王子様は姫を守らなあかんやろ?」
軽く肩をすくめるその目は、茶目っ気とやさしさに満ちていた。
「また明日な」
そう言って、ゆっくりと背を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、私は手の甲に残る温度を、そっと片手で包み込んだ。
鼓動が、さっきよりも少しだけ早くなっているのがわかる。
それでも、不思議と心の奥はやさしく満たされていた。


