夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux23:激動
【第1話】影を裂く三つの刃
閉ざされた籠は、守りか、囚われか。
価値を剥がす声が、静かに軋む。
だが、ひとひらの笑いは仮面となり、
揺らぐ影を裂いてゆく。
切り札は、まだ伏せられたまま。
命か、情か、覚悟か──
試されるのは、越える者の一線。
────
夜の帳が静かに街を覆う。
闇に溶け込むように、ひとつの影が忍び寄る。
青の御面──青龍の面が紅に濡れる。
トンファーを片手に、音もなく現れた“始末屋”。面影庵の、処刑人。
実働処理部隊隊長──松野。
汚れ役・処理役。暗殺や制圧、手を汚す仕事を一手に担う“刃”。
薄暗い部屋では、数人の男たちが息を潜め、ひそひそと囁いている。
乏しい灯りの下で、不安と緊張だけが膨らんでいた。
──その時、鋭い動き。
スパッ。
喉元を裂かれた男が、声もなく崩れ落ちる。
逃げ出したもう一人の足に、トンファーが絡みついた。
一歩踏み込み、肘で顎を砕き、肋骨を確実に叩き上げる。
物陰で震える男が、半ば口を滑らせかける。
「あの子どもを攫ったのは……っ、あいつら、ベルモ──」
──バシュッ。
トンファーの柄が口元に飛んだ。言葉は絶たれ、音もなく沈黙が降りる。
「……拾えたな」
低く、淡々と呟いたその一言。
倒れた死体と、こぼれ落ちた“情報”。
青龍の御面が、月明かりに濡れて、嗤ったように光った。
それは死神の仕事。無慈悲にして、必要なだけの非情な優しさ。
その面の奥には、怒りも哀れみもない。
ただ、命を刈り取るためだけに存在する冷笑が浮かんでいた。
******
夜の静寂を、破壊音が裂いた。
──激しい銃声。吹き飛ぶ扉。
久我山が御面を装着していた。
漆黒と深翠の玄武模様。背負うのは、“覚悟”とその責任。
向かうのは、面影庵傘下の一つ。
中間幹部たちが匿っていた、裏切り者の巣。
久我山の手には、組でも“ここぞ”というときにだけ現れる重火器──バズーカ。
普段は己の拳ひとつで戦場を駆ける男だが、今夜は例外だ。
混乱する男たちを睨み据え、彼は言い放つ。
「面影庵に、裏切り者の居場所はねぇ」
拳が唸り、弾丸が貫き、裏切りの影が一掃される。
その姿はまるで、正義の皮を被った破壊神。
紅に染まる玄武の面が、炎と煙の中でいっそう凶暴に光った。
だが、その光の裏で、彼の胸には重いものが沈んでいた。
仲間を裁く拳は、己の心をも削り取っていく。
それでも──止まることだけは許されなかった。
******
地下の廃工場。
赤錆びと鉄、そして血の匂いが満ちる空間。
そこに立つのは、真次郎。
赤地に金の装飾を施した、彼の御面が静かに揺れる。
拳銃を手に、蹂躙された敵の拠点に立ち尽くす。
床に転がる死体、まだ熱を残す薬莢。呼吸だけが生々しい。
真次郎は面を外し、乱れた息を整えながら、血を踏みしめて歩く。
その時──
「わぁ……やっぱジロくんって、動きに華があるよねぇ」
軽い声が、鉄パイプの陰から響いた。
現れたのは倖。スマホを弄びながら、無防備に近づいてくる。
笑っている。けれど、その目は笑っていない。
蛇のように冷たく、鋭く、光っていた。
「……何のようだよ」
低く、冷えた声。真次郎の不機嫌は隠さない。
けれど、倖は気にも留めず、ひょいと肩をすくめる。
「“Cライン”に潜ってた子たちがさ、『ベルモンド』って名前、ぽろっと出してた。証拠、送っといたよ。……例の、専用アドレスに」
真次郎は拳銃を構え直し、睨みつける。
「おまえのやり口は、やっぱ無理」
「でもさあ、今きみが撃ち抜いた連中の位置、俺が洗ってなかったら、ここに辿り着けなかったんじゃないの?」
スマホの光が、倖の笑みを照らす。
その笑顔の端には、確かな毒がにじんでいた。
「ねぇジロくん、俺たちって──もう共犯でしょ?」
静寂。空気が張り詰める。
真次郎の目が、細く絞られる。
倖は微笑んだまま、まっすぐ言い放つ。
「もう近づいてるよ。ずっと前からね」
拳の節が軋む音が、空間に滲む。
「澪ちゃんがいなくなると、困る人、いっぱいいるんだよ?だから俺は、囲って守る。情報でね」
挑発は止まらない。倖はさらに踏み込む。
「ジロくんみたいに、撃って排除するだけが守りじゃないんだよ?」
──沈黙。
銃口はぶれない。だが、引き金にも触れない。
「……次は、警告じゃない」
その声には、確かな怒気が込められていた。
倖は肩をすくめ、くすくすと笑いながら背を向ける。
「じゃあ、次も楽しみにしてる。……報告は、ちゃんとしといてね。きみの手柄になるから」
真次郎は何も言わず、その背を見送る。
澪を守るためのはずの道が、倖と交わるたびに濁っていく。
それを理解しながらも、今は切り捨てられない──その矛盾が、真次郎の拳をさらに重くした。
交わらない二人。
けれど、“澪”という一点で、火花を散らし続けている。
──そして、“交差”は、まだ始まったばかりだった。
────
刃は夜に沈み、
炎は闇を裂き、
華は血を纏う。
けれど交わるのは、
ひとつの名のもとに。
──澪。
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