夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第4話】柔と鋭


「ちゃーんと、俺の後についてきてね。ここ、迷子になると大変だから」

「広いですもんね」

「うん。でも──鼠一匹も逃さないよ」

「それはすごいですね。狩人レベルがMAXの陣形なんです?」

「あはは、ゲームみたいだね。全員のステータス好きに割り振れるなら、楽なんだけど」
 
 うねるアッシュグレーの髪に指を通す仕草 をした信昭(のぶあき)の後に続きながら、(みお)は屋敷内を歩く。龍臣(りゅうしん)がいた部屋と同じように、入り口からは遠い位置にある部屋ばかりのゾーンにきた。

「くーちゃん、先程はここまできませんでしたね」

「当たり前だ。こっからは組員もめったに入らねーからな」

「なんと、そんなスペシャルな場所に私は向かうのですか」

「そうだよー。今から会う子に、澪ちゃんのここでの生活の面倒をお願いするからね」

「あれ?くーちゃんがそばにいてくださるから、必要ですか?その方」

「必要だよー。女の子ならではの問題とかね。さすがに久我ちゃんに澪ちゃんの下着用意してとか嫌じゃない?」

「私は別に」

「俺は嫌だ」

 2人のやり取りに「だよねー」と信昭は笑ったまま、足を止める。

「ここにいる子は、とーっても優しいよ」

「そうなのですか?」

「うん、澪ちゃんのことも気に入ってくれるはず」

 信昭が微笑み、「入るよ」と告げて扉に手をかける。先を行く信昭に続こうとする澪に「おい」と久我山(くがやま)が小さく囁いた。

「おまえ、ガチで変なことすんなよ」

「それは、またなぜ?」

「命が惜しけりゃわかる。俺は忠告したからな?」

 イマイチ久我山の言葉を理解できずにいる澪を部屋の中から信昭が呼ぶ。慌てて入ると、部屋の中は和風よりも洋風のリビングのような内装で、奥にもまだまだ部屋がありそうだった。

「澪ちゃん、こっちきて」

 呼ばれて澪が近づき、信昭の隣に立つ人に目を向ける。ウェーブがかかった肩までの栗色の髪に、垂れ眉に垂れ目が印象的な女性。

「この子は、千代(ちよ)ちゃん。澪ちゃんのこの家での生活面をサポートしてもらうよ」

「初めまして、千代子(ちよこ)です」

 全体的に柔らかい雰囲氣の女性は、浮かべる笑みも穏やか。

「よろしくね、澪ちゃん」

「……はい、よろしくお願いします」

 目の前の彼女からは、危険なものは感じられない。久我山はいったい何を伝えたかったのか。澪はジッと千代子を見つめる。

「千代子さんがいるなら、俺は部屋の外に出てますね」

 澪の一歩後ろから聞こえた声。口調が今までとは違い一瞬誰だかわからなかったそれが久我山から発せられたものと澪が理解するのと同時に彼が離れようとしたその時、先程まで穏やかだった千代子の声音が、一変した。


 

「お待ちなさいな、久我山さん」

 静かだが、響くその声は凍てつくほど冷たい。澪は目を丸くしてしまう。

「護るべき対象を置いていくとは、どういう了見ですか?」

「いえ、その……」

「常に何時も身を呈すためにそばにいるのが、護衛としての務めでは?違いますか?」
 

 笑みを浮かべるのは変わらない。けれど、うちに秘めたる何かが違う。これが、久我山が言っていたことかと澪は彼の方へ視線を向けた。

 真剣な顔つき。荒々しい言葉遣いすらさせない千代子の存在。澪はただただ2人のやり取りを静観する。

「申し訳ありません。女性同士、自分がいない方が話しやすい内容もあるかと……勝手に判断をしました」

「早計ですね。幹部の名が廃りますよ」

「まあまあ、千代ちゃん。久我ちゃんも澪ちゃんを思ってのことだからさ。そこまでにしといてあげてよ」

 信昭が千代子の肩に手を置き頼めば、小さく息を吐いた後に千代子は頷いた。ここの2人は親しいのだなと澪が思っていると、千代子と目が合う。

「ごめんなさいね、変なところを見せて」

「いえいえ、お気になさらずに」

「でも、しっかり護衛の手綱は握っておくべきよ」

「そうなんですね。でも、くーちゃんを信じてるので」

「まだ会ったばかりなのに?」

「信頼は時間ではなく、その人の心意気で築きます。少なくとも私は、くーちゃんが好きですし」

「そう……」

 澪の言葉を千代子は追求しない。ただ静かに笑うだけ。微笑みかけられているはずなのに、何か寒気を感じるのは───……


 

「澪ちゃんの考え方、とても素敵ね」

 勘違いではない。

 見た目ではわからないほどに、穏やかな声と笑みが溢れる空間。背後にきた久我山の存在を意識しながら、澪は前を見据える。

 その視線の先にいる千代子から、目を逸らさなかった。



 ────
 

 穏やかなる微笑に、
 誰も気づかぬ刃がある。
 それでも彼女は、優しさを忘れない。
 ──それが、最も恐ろしいというのに。


 Fin
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