夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux5:菩薩
【第1話】微笑みの意味
名もない朝に、目が覚めた
風は静かに、何かを連れてくる
ひとつの声が、わたしを呼んだ
まだ届かぬ、けれど、確かにあたたかい
「あなたは誰?」
問いかけたのは、わたしか、あの子か
忠義に似たやさしさが
知らない痛みに、かすかに揺れた
──それは命を守る声だった
────
「女性は私の他に3人。1人は若の……龍臣さんの奥方。もう1人は松野さんの奥方よ」
「女性人口少ないんですねぇ」
「まあ、極道の世界ならではね。残念?」
「んー、そうですね。UNOをするには物足りないですね」
「ん?ごめんなさい、なにかしら?」
ソファーに向かい合って座りながら、千代子の説明を聞く澪。千代子の隣には信昭が座り、久我山は澪の一歩後ろで立っている。大人しく説明を聞けるのかと久我山が怪訝そうな様子で眺める中、案の定脱線する極道トレイン。
「ですからUNO……」
「澪ちゃんは遊びたい盛りだもんねー」
さすがに千代子も澪の突拍子もない思考に笑みが崩れかける。久我山が一喝すれば早いが、千代子の手前、黙認が吉と捉えて動かない。澪は気にもしないため、話を続けようとする。そこを止めるのは若頭の右腕である信昭だ。
「ごめんねぇ。同い年くらいなの一番近くて真次郎だし、仕事ない日とかデートしてきなよ、もちろん護衛つきで」
「なんと、楽しい時間になりそうですね。デートと呼ぶには怪しいですが」
「そう?右手に真次郎、左手に久我山」
「両手にヤクザですね」
「そう!花じゃないのよ、ほんっとうける」
冗談の信昭に対して半ば本気のような澪。久我山は勘弁してくれと思うが声には出さない。信昭が次へと話を戻したことに気づいているから。
「じゃあ、千代ちゃん。続き」
「はい、信昭さん。それじゃあ澪ちゃん、必要なものとかはこちらで手配するわね。今後は久我山さんに頼めばスマホ一つで用意できるようにしたから、安心してね」
信昭が、千代子へ促す。それを受けて再び喋りだす千代子。澪はこの2人の関係性が妙にひっかかる。
久我山は自分の護衛。だから隣には座らない。千代子の隣に座る信昭は彼女の護衛ではないということ。ならば、2人の関係は?
「ここまでで、何かわからないことはあるかしら?」
「あ、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「お二人は仲良しさんなんですか?」
ストレートに尋ねるのが澪スタイル。若者ならではの恋バナ的感覚で可能にするコミニケーション。
「お二人の距離がとても近いので恋人なのかと……ああ、夫婦というパターンもありますよね。龍臣さんやまっつんも結婚しているようですし」
ペラペラと推測する澪に、千代子は微笑みを絶やさない。否、何も返さずにいるだけ。澪は違和感を抱く。今までの説明はスムーズに受け答えをしてくれていたのに、なぜこの問いかけにだけは応えないのだろうか。
「そうだよー、千代ちゃんはね俺の奥さん」
代わりに信昭が澪へと言葉を返した。
「俺の可愛い可愛い大事な子。もう手放せないんだから」
「大好きなんですね」
「もちろん。千代ちゃんは素直で良い子だからね。俺の話を聞いてくれるし、俺のこと一途に思ってくれるし、だから俺も信頼してる」
信昭の熱烈な惚気に久我山はげんなりしていた。澪は興味津々で、前のめりになって聞き入る。
「お二人の出会いはいつです?」
「んー?15年前かなぁ、俺が20歳の時だし」
「そんな昔からの繋がりなんですね」
「うん。あの頃から、千代ちゃんは可愛かったよー今の澪ちゃんくらいだったかな」
「と、いうことは……私とジロなんですね年齢差が」
なんでもない風に唱えた澪。信昭は一瞬目を丸くするもすぐにニヤついた眼差しを向ける。
「やっぱり澪ちゃんさ、真次郎が好きなの?」
「え?好きですよ」
「んー、それってさ。俺や千代ちゃんみたいな関係になりたいって思える、好き?」
信昭は隣の千代子の肩を抱く。仲睦まじいシルエットを眺めて澪は頭の中で真次郎のことを思い浮かべた。
目の前の2人のように真次郎と結婚する自分を想像する。アホと罵られながらも笑い合っていそうな、楽しいイメージが湧いてくる。
「それは、とっても楽しい毎日にはなりそうですね」
「お?じゃあ、やっぱり」
「でも、やっぱり無理ですね」
信昭の言葉を遮り、あっけらかんと答える澪。その表情はいつも通り。
「彼の緋色の瞳に見つめられるとドキドキするので」
嘘ではない。けれど何故ドキドキするかもよくわからない。澪はただ、真次郎と楽しく話ができればそれでよい。
「……なーんか、甘酸っぱいー!青春って感じ」
澪の答えに信昭は1人ご機嫌で、隣にいる千代子に同意を求めていた。
「なんかさ、若いっていいよね。このままでいてほしい」
「ええ、そうですね」
「もうっ焦ったいなぁってなることありそうだけど。それを見守るのが大人の楽しみだよねぇ」
「ふふ、うれしそうですね」
「そりゃあ、こんな娯楽滅多にないし」
「今、娯楽って言いました?」
「えー?聞こえちゃった?」
信昭は意地の悪い笑みを浮かべている。澪は変わった遊び方を大人はするんだなと思う程度だが、後ろに立つ久我山は心の中で呆れていた。
「まあ、澪ちゃんはまだ子どもだし。ここでゆっくり過ごしながら毎日を楽しんでたらいいよ」
「ありがたいことです」
「何かあれば、俺ら大人がいるし。千代ちゃん、澪ちゃんのこと頼むね」
「はい、信昭さん」
千代子が信昭に微笑むその姿は、愛おしいという気持ちが込められているようで……恋愛に疎い澪でもそれは伝わってくる。
愛し愛される関係。これが夫婦なのかと、見つめてしまう。
「さて、それじゃあ澪ちゃんの部屋にそろそろ行こっか」
ソファーから立ち上がる信昭に澪も倣って、千代子へと会釈をした。千代子は、ずっと微笑んでいた。
────
愛されることが
当たり前じゃないと知ってるから
微笑まれても
私は、まだ足を踏み出せない
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