夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第6話】王子様は、泣いていた


 飛び出そうとする凛を視界に入れると男はナイフをわざと見せつける。これでは何もできないまま。

「はよ、追いかけな!」

「大丈夫だって、ちゃんと向かってるから」

「誰がやねん。あ、久我(くが)か。護衛やもんな」

「俺はここだぞ」

「おわっ!は?なんでおんねん!澪の護衛やんか!」

 凛の後ろから声をかけてきた久我山に驚くその隣で龍臣はニヤリと口の端を上げた。

「だぁから、大丈夫だって」

「大丈夫なわけあるか!護衛ここにおって、誰が澪のこと助けんねんっ!」

 凛の荒々しい声に龍臣は目を細める。そして、楽しそうにその名を紡いだ。



 


王子様(真次郎)が──さ」

 



 澪を連れた男が倉庫の中を逃げ惑う中、荷物の間に隠れて隙を見て、男目掛けて脇から飛び出した真次郎。

「なっ!?っっ!!」

「ジロっ!」

 
 男の鳩尾に一発蹴りを入れ、次に肩へと踵落としを喰らわせる。反動で手からナイフを落とした瞬間、澪を引っ張り自らの背に守り、嘲笑うように「はーい、形勢逆転」と相手を挑発した。

「こいつ盾にすんなんて、おまえさ。一番センスねぇわ」

「くそっ……チンピラの成り上がりが!いい気になってんじゃねぇよ!!」

 男はナイフを拾い真次郎に向かって突撃をしてくる。目の前に迫る恐怖に澪が震え出すと、それを宥めるように「澪」と名を呼ぶ優しい声音。

 

「俺から離れんなよ」

「っ……うん」

 思わず敬語が取れてしまうほどに、いっぱいいっぱいの状態で。けれど真次郎の言葉は絶対だという安心感が澪にはあった。

 澪を庇いながら、向かってくる男に対して真次郎は軸足でバランスを保ち、思い切り男の脇腹目掛けて蹴りを入れる。

「がっ……!」

 崩れ落ちる男に真次郎はため息を吐き、足を戻す。

「短絡的で助かったぜ。考えなしに突っ込んでくる猪でな」

 吐き捨てながら、くるりと澪へと体を向けジロリと睨みつける。その瞳は、冷たい。

「ジロ……あのっ」

「これ、どうした?」

 手を伸ばし澪の首に触れる真次郎。軽くナイフを当てたように薄ら切られたそこは変わらず血を流していた。

「その……」
 
「こいつにやられたかのか」

 真次郎は淡々と言葉を紡ぐ。ポケットからハンカチを取り出して澪の首へと当てて止血をしながら。

()()にいるせいで、怪我したのか」

 澪はハッとして顔を上げる。そこには、酷く辛そうな表情を浮かべた真次郎の姿。緋色の瞳が悲しげに揺れている。

「ジロ、わたしっ……」

「やっぱ、いるべきじゃねぇんだよ……おまえ」

 その声音は震えて、怒りなのか悲しみになのかわからない。けれど澪には、真次郎のその言葉が心を抉る。

「ジロ、違いますっ!これは、わたしのせいで!」

「俺があん時、ちゃんと逃がせてたらよかったんだ」

「聞いてください!ねぇ、ジロ!」

「そうしたら、おまえはこんな……クソみたいな世界になんかこなかったんだ」

「ジロ!!」

 澪は言葉に詰まった。真次郎の表情は、切なそうに歪んでいたから。いつものように呆れた顔でも、バカにしたような笑顔でもない。

 何かを言わなければ、このままでは真次郎が傷ついたままになる。澪は必死で唱えようとするのに、何を言えばいいのかわからなかった。

 だって、自分でも思ってしまったのだから。

 自分の過ちを────。


 

「……ごめん」

「え?」

 気づけば澪は真次郎に抱きしめられていた。包み込まれる暖かさに心臓は高鳴る。それなのに、耳元で囁く声音は悲しみを帯びたまま。

 

「っ……ごめん」


 こんなにも謝られて、まるでこの出会いが全て悪だったかのように思わされてしまう。

 

 “絶対、生きて帰る”

 

 そう、強く告げてくれた凛の声音が脳裏に響く。生きて帰れるはずなのに。どうしてこんなにも心は死んだように冷たいのか。

 悪から助け出されてハッピーエンド。そんなあるあるの夢物語。それが、いかに非現実な妄想だったのか、思い知らされる。

 

「──澪」
 

 名を呼ばれても、何も心は弾まない。

 

「っ、ごめんな……」

 

 辛そうにする真次郎。自分がそうさせてしまったのだと。自分の存在が彼を苦しめているのだと、気づくと……澪はもう、何も言えなかった。


 ────

 
 「助けて」って、言ったのに
 助けられても、心が泣いてる
 生きてるのに、生きていない
 こんな結末、望んでなかった

 「生きて帰る」って、信じてた
 でもこんなにも
 心は置き去りのまま

 あの人がくれた“助け”が
 本当は一番
 あの人を苦しめてた

 だからいま、願うよ
 わたしが
 あの人を、救いたい
 
 
Fin
 
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